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私はあなたを捨てられない

 捨てる、というのは、心のどこかで罪悪感を伴うものだ。
 己の不摂生によって、サイズが小さくなってしまった洋服。口に合わない贈り物のお菓子。もう着ない、もう食べないかもしれないと思っても、いざ捨てるとなると、決断までに時間がかかる。

 サイズが小さくなってしまった服は、己のサイズが奇跡的に小さくなるのを、ただひたすら願い、押し入れの奥に保管されるのが定石であるし、口に合わないお菓子は、賞味期限が切れるまでは、その存在を負担に感じながらも、堂々とそれを捨てることはできない。

 断捨離ブームが定着し、《もったいない》と物をため込む方が、生活空間を圧迫するもったいないことだ、という意識に変わりつつある。そういった断捨離を扱ったネット記事でも、物を捨てることを

「手放す」

 と表現することが多いのも、捨てるという罪悪感から少しでも逃れたいという防衛反応から来るものであるに違いない。

 それほど「捨てる」という行為は負担なのだ。それなのに、この「捨てる」という言葉を、堂々と商品名として使っているものがある。その名を、

 (写真は公式ホームページから拝借)

 使い捨てマイクロファイバークロス 

 という。
 この商品、カインズホームというホームセンターで買える、20枚入りの薄手のファイバークロスである。白い箱に入っており、それをティッシュペーパーのように、サッと抜き出して使うことができる。巷でも評判のいい商品らしく、メディアで取り上げられているので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれない。
 夫がネットでこの商品を見つけて、「欲しい欲しい」と言い出したので、買うことにした。しかし今では夫よりも、私の方が、このクロスの使い勝手の良さにすっかり惚れこんでしまったのだ。

 一番の活躍の場はキッチンである。
 水場というのは、何かと水が跳ねるものだ。そのために台ふきんというものがあるのだが、このファイバークロスは台ふきんにぴったりなのだ。

 水をサッとふき取り、そのまま片手で握るだけで、ある程度の水が絞れてしまう。何てことないことだが、これだけで家事の作業効率がうんと上がる。
 吸引力抜群のスポンジなどもあるが、あれは洗っておいておくと翌日にはカチカチになっており、すぐ使いたいときに使えないのが、かなり難点だ。

 それに引き換えこのファイバークロスは、カラカラに乾いていても、いきなり水を吸い上げてくれる。油汚れもふき取れるし、食器洗いだって洗剤なしでできてしまう。薄手であることが、ありとあらゆる順応性を生み、このティッシュペーパー1枚分のクロスは手足の如く、私の炊事を助けてくれるのだ。

 私は長いこと、蚊帳ふきん、笹の繊維で作ったふきん、麻ふきん、キッチンワイプなど、いろいろなふきんを試してきたが、このファイバークロスの登場により、その流浪の日々を終えることができそうな気がしている。

 しかしである。

 このファイバークロスの商品名には「使い捨て」とある。だが私は、このクロスを、ティッシュペーパーのように使い捨てようとは、とても思えないのだ。このファイバークロスを一度使ってポイとできる人と、私は仲良くなれる気がしない。

「これ一枚で、キッチンからリビング、トイレに至るまで、全ての部屋を掃除しました!」

 と言うのならいいのだが、一日台拭きにした程度でポイと捨ててしまうのは、あまりにもったいない。いくら「使い捨て」と自ら名乗っていたとしても、ファイバークロスの方だって、
「あたし、まだ使えるのに…」
 と、切なさで、その極細繊維が震えてしまいそうだ。

 私は全ての家事が終わるタイミングで、純石鹸をチョイチョイこすりつけて、その日使ったふきんを煮洗いしている。煮洗いは、普通に洗って絞るより、すすぎがとても楽なのだ。ふきんも真っ白になるし、煮沸消毒で清潔。しかも石鹸のアルカリ効果で、煮洗いで使った鍋までキレイになる。私はこの一石四鳥に味を占め、煮洗いが習慣になった。もちろん、1日働いたファイバークロスも煮洗いする。

 しかし、煮洗いによって、ファイバークロスの汚れが落ち、吸水力が復活してしまうのだ。いいことであるが、こうなると全く使い捨てる気にならない。

 繊維も薄くなってきたし、明日掃除に使って捨てようと思い、キュッと絞って、ふきん掛けに干して家事を終える。しかし翌日、カラッと乾いたクロスで調理台を拭いてみると、台ふきんとしての性能を果たしているのだ。そうなると「やっぱり今日も宜しく頼むよ」となってしまう。

 捨てるタイミングが、完全に迷宮入りである。
 ここでポイと捨ててしまうと、自分が、長年連れ添った糟糠の妻を捨てるミュージシャンのように思えて、なかなか捨てられない。だが気持ちとしては、衛生的にも、そろそろ新しいクロスを使いたいのだ。

 そこで私は先日、換気扇掃除をすることを決意した。ふきんは煮洗いするくせに、換気扇掃除はサボりがちなので、当然、換気扇は油汚れでべったり。私はこれを、「今までありがとう」という気持ちを込め、使い倒したファイバークロスで拭いた。
 こうして私は、ひと月近く家事を共にしたクロスに、ようやく別れを告げることができたのである。




 ちなみに、
「カインズってどこだね? オレんとこには、コメリしかねぇんだわ」
「俺の家の近くはコーナンしかないよ」
「ケーヨーデーツーならあるんだけど」
「え?島忠にはないの? ニトリは?」

 というカインズ難民の皆さんには、通販がありますので、ご興味のある方はカインズの通販サイトをご覧ください。



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花丸恵
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