気の向くまま読書note 奇跡の本屋をつくりたい〜くすみ書房のオヤジが残したもの
わたしが結婚して家を出たのは1997年。
はじめて居を構えたのは札幌市西区の琴似(ことに)という街でした。
本当は数駅離れた別エリアを希望していたのですが、いい物件に恵まれず、
たまたま折り合いのつく物件があったのが琴似でした。
そんな感じでなんとなく暮らすことになった街でしたが、いざ住んでみるととても暮らしやすい。
地下鉄駅とJR駅をつなぐ駅前通りには市場やスーパー、花屋や飲食店などが建ち並び、銀行や大きな郵便局、駅から歩いて数分のところに区役所と区民センターもあります。
さらに有名なラーメン屋さん、カレー屋さんも点在していて、賑やかで活気がありなんとも親しみやすい雰囲気。
札幌の中心である大通からも地下鉄で10分くらいとアクセスもいい。
琴似という街がすっかり気に入りました。
琴似が気に入った理由はそれだけではありません。
駅直結には紀伊国屋書店、直結のダイエーやイトーヨーカ堂の上にも本屋さん。
JR駅まで歩けば文教堂書店(二十四軒方面にも歩くと別の文教堂が)、区民センター内には図書室が、さらに少し歩けば図書館もあります。
さらに古本屋さんも何軒もあり、本好きだったわたしには本当に夢のようなエリアでした。
そんな琴似駅周辺の一角、国道の角にくすみ書房という本屋さんがありました。
くすみ書房はよくある街の本屋さん。
売り場面積に関しては他の近隣大手書店の方が広かった(かもしれない)けれど、子どもたちをはじめ老若男女誰もが楽しめるような庶民的な品揃えの、あたたかみのある本屋さんでした。
時は過ぎ2024年。
たまたま大通パルコの無印良品の書籍のスペースでくすみ書房の店主、久住さんの著作が目に留まりました。
(※パルコの無印良品には書籍の販売とブックカフェのスペースがあるのです)
2004年に子どもが生まれ、翌年に引っ越しして琴似を離れてしまったのですが
くすみ書房や琴似での生活が懐かしくなり手に取りました。
本っていいなあ
北海道経済の落ち込み、地下鉄の延長、近隣に大型書店の出店など
次々に襲いかかる苦境に、店の存続に立ち向かうべく店主の久住さんがあれこれ奮闘していきます。
「なぜだ!?売れない文庫本フェア」
「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め」
といった、あっと驚くユニークな企画をはじめ、店内での朗読会、ブックカフェの走りでもあるソクラテスのカフェの開店などなど。
数々のチャレンジを通して多くの本好きを、さらに出版社、有識者、全国の書店やマスコミまで!たくさんの人を巻き込み文化的な一大ムーブメントを生み出すまでになった、本屋のオヤジの奇跡の物語です。
久住さんの、経営難やご家族の病気など数々の苦境にくじけながらも(自分の弱さを隠さずさらけ出すところもいいなあ、と思う)前を向きチャレンジし続ける姿にチカラを分けてもらえます。
発端は経営難の打破だった数々の活動も、そこから読書文化の発展、
さらに豊かで活発な地域社会のあり方にまで裾野が広がっていく様子は大きな文化貢献ともいえるでしょう。
文化というものは、人と人が繋がりあうこと、人との交流の中で育まれ成熟し発展していくものだということを思い出させてくれます。
そして何といっても
本を読むって面白いよね!本屋に行くって楽しい!
本っていいなあ!
そんなことを思い出させてくれる本です。
一時は順調に売り上げを上げていたくすみ書房も、近隣に全国チェーンの大型書店が開店したのを機にまた経営難に陥ります。少しずつ積み上げてきた売り上げが一気に吹き飛ぶことに。
頑張ってあれこれ策を講じるけど、まったく手応えがない。
琴似で続けるのは無理、ということで60年以上根を下ろしていた琴似を離れ、縁があった大谷地(おおやち)に移転することになります。
移転先の大谷地で売上はアップするものの、賃料がかさみ、また業界特有の販売体制の難しさなどで再び経営難に陥ります。
その度に寄付や友の会の発足、クラウドファウンディングなどさまざまなアイディアで乗り切っていきます。
ありえないような奇跡も何度も起きました。さすが奇跡の本屋さん!
さらに中高生向けの本棚の増設など意欲的に活動を広げていきますが、ここで話は終わります。
2015年6月、大谷地のくすみ書房閉店。くすみ書房の歴史は幕を閉じました。
それでも久住さんは負けない。
新たに琴似に中高生むけの本屋を作りたいと意欲を燃やしますが
2016年に肺がんが発覚。
治療の甲斐もなく2017年8月66歳で他界しました。
本書は病気療養中に書かれていたもので、ここで筆は止まることになったのでした。
身近にいたのに・・・
この本を読んで、当時のくすみ書店や琴似の街並みを思い出し、こんなフェアあったあった!と懐かしさを感じるのと同時に、胸が締め付けられるような苦しさを感じたのも事実です。
それは、数々の快進撃を遂げながらも、結局最後は閉店する・・・ということがわかっていたから。
本にも書かれていた「『人が集まる』だけではどうやらだめらしい」という言葉。いくら有名になって人が来てくれても、結局は数字に結びつかないとやっていけない・・・こんなわくわくするようなスタイルもビジネスモデルとして成立しない。
その厳しい現実を突きつけられたように思いました。
さらにもうひとつ。
本の第2章、東工大の中島岳志さんの解説にわたしの気持ちがそのまま書かれていました。
当時、近くに住んでいたのに何もしなかった。
くすみ書房で買い物をすることはあったけど、他の書店でも購入していたし、特段ヘビーユーザーということもなかった。
リアルタイムでいろいろやっていたのは知っていたけど、特にそれに関心を払うこともなかった。
琴似を離れてからは(子育てが大変だったこともあり)くすみ書房に行くことはありませんでした。
移転や友の会の発足などは新聞やニュースでちらっと目にしたくらい。
実は移転も、大谷地に2店舗目を出したのだと長らく思い込んでいました。
そんなに大変だったとは知らなかった・・・
身近にいたのに。
今になって何もしなかったことを心から後悔しました。
本には人生を変える力がある
ここ10年ほど、相次いで書店が姿を消しています(※)
特にコロナ禍で一気に加速したように思います。
今札幌にあるのは全国展開の本屋がほとんどです。
個人書店はもちろんのこと、札幌に基盤を置く地元書店も多くは姿を消してしまいました(超大型チェーンのコーチャンフォーは北海道が拠点ですが・・・)
本なんてネットショップで買えるし、そもそも電子書籍があるから
本を買わない主義の人もいるのかもしれません。
スマホの普及でまったく本を読まない人もいるのかも・・・
でも久住さんは言い切ります。
日々ネットでブログやSNSなどの投稿を目にして、素晴らしい心を打つような言葉に出会うこともあります。
でも、とめどなく流れてくる情報にかき消され、なぜかあまり頭に残らない(残りにくい)気がするのはわたしだけでしょうか。
本書には、東京大学の言語脳学者、酒井邦嘉教授の著作より「紙の本は電子書籍よりもはるかにハイスペックである」という記述もあります。
(p158 Ⅲ補録:「講演会草稿 本屋に行こう」より)
わたしは短大時代、図書館司書課程で学んでいたのですが
司書の経験が豊富なある先生が
「いい本は手に取ってごらん!と本の方から手招きしてくれる」
という話をされていました。
実際、面白そうな本は背表紙から僕は面白いよ!という空気を出している気がします。
同時に、本屋に立ち寄りたくなるときって、その本屋で自分に合う本、必要な本との出会いが待っていることも多い(わたしだけ?)
ちょっとオカルトっぽい(?)話ではあります、本の方から声をかけてくれる。
それは事実だと思うのです。
ネットでの購入は確実に手に入るしラクではあるけど、そういった本とのワクワクするような面白い出会いの機会を失ってしまっている気がします。
そう、本屋さんは本との出会いの場。
本との出会いがその人を助けてくれることもある。
もちろん電子書籍が悪いわけではありません。
置き場所を取らない、持ち運びが便利というメリットもあります。
電子書籍は電子書籍で紙の本とはまた違った発展をしていくのではという予感があります。
ネットショップだって、ネットじゃないと買えない本を手に入れられる良さもあります。
でも、今一度、本屋に行って本に触れること。
たくさんの書棚からこれ!という本との出会える瞬間を大事にしたい。
本を愛する人、かつて読書が好きだった人、ぜひくすみ書房の本を読んでみてください。
本屋に行こう!
やっぱり本っていいね!
きっとそう思うはずです。
(もちろん図書館も好きです!)
久住さんは亡くなりましたが、思いは継がれ、多くの人に本屋に足を運ぶ楽しみ、そして本を読む喜びは着実に広がっていっています。
わたしもできることをしていきたいです。
久住さん、ありがとうございました。
ミシマ社でこちらの本の出版に向けてのコラムがシリーズ化されて連載されていました。
ぜひ目を通してみてください!
※10月14日追記:調べてみたところ、札幌拠点の書店、いくつかありました!!
機会を見て訪れてレポートしてみようと思います。