hanaike Books #1 世阿弥『風姿花伝』
今月からリレー企画ではじめる hanaike Books。
花と楽しむ生活にぜひ添えていただきたい1冊を、紹介していきます。
7月は 昨年からhanaikeのイベント企画でお世話になっている、銀座 蔦屋書店の書店員 佐藤昇一さんに 世阿弥 著『風姿花伝』をご紹介いただきます。
みなさま、はじめまして。
銀座 蔦屋書店で日本文化の担当をしております、佐藤昇一です。
花のある暮らしを提案する hanaike という場で本を紹介させていただくにあたり、どのようなものがいいのか、考えてみました。正直、私は花について詳しいわけではありません。きっと読者のみなさまの方がご存じだと思います。ですので、この度は「いけばな」などの直接的に花をあつかった書籍ではなく、日本文化、とくに専門である伝統芸能における「花」のお話をさせていただきます。
花の色は うつりにけりな徒に 我が身世にふる ながめせし間に
百人一首におさめられている小野小町の歌。春の長雨に衰えていく桜の花と自らの人生を重ねたこの歌のように、「花」に何かをたとえた例は、古来より多く見られます。
「花」にたとえて
伝統芸能の世界において、その代表的な本が、室町時代前期の能楽の大成者、世阿弥が著した「風姿花伝」です。内容は多岐にわたるのですが、今回は能楽師の人生とそのおりおりの魅力を「花」にたとえたくだりをご紹介します。
まず少年期に生ずるのは、「時分の花」。姿やかたち、声に、この頃独特の魅力が生まれます。深みはなくとも、時代に即した新しさをもち、民衆に幅広く受け入れられる。現代でいうと、ジャニーズや坂道系のアイドルを想像するとわかりやすいかもしれません。
そして、声変わりの時期をこえて、20代。技術的にはまだまだ未熟ですが、時代を象徴するような鮮烈な魅力にあふれ、「時分の花」は盛りをむかえ人々を虜にします。テレビや映画などで、ベテランと共演した新人がまったく引けを取らない演技をする。それどころか先輩の芝居を食ってしまう。そんな場面を目撃したことはありませんか?
そして30代からは、「真の花」にむかう時期となります。若さや美貌に執着せず、技術の達者さに溺れず、能を知ること。40歳を過ぎたら、指導や演出にまわり、若手に花を持たせて、自分は表に出ることをさけよ、とも言っています。
世阿弥の葛藤
この文章は世阿弥の実体験から来ています。当初、世阿弥の所属していた結城座は、あくまでも数ある集団のひとつ。その中から、時の権力者や貴族たちに愛されたきっかけは、彼の美貌でした。しかし、美少年から美青年、まさに「時分の花」を咲かせたとき、座頭であり、師でもある、父観阿弥を失います。いつしか必ず衰える容姿に頼った「時分の花」ではなく、「真の花」を咲かす。まだ黎明期であった能楽を、確固たるブランドとすること。それはひとりの能楽師としてだけではなく、一座を率いる座頭としても必要なことでした。
「風姿花伝」はその内容から、世阿弥にはどこか老人のような悟り切った印象があります。でも彼がこの「真の花」の部分を著したのは、まだ30代の終わり。まだ、「時の花」を残しつつ、「真の花」にはいたっていない、葛藤の時期です。
父や昔の名人の若い役者をしのぐ魅力を思い起こしながら、真摯に「真の花」への道を求める。「風姿花伝」は、時代を切り開こうあがく、ひとりの芸術家の言葉。それは、現代の私たちに不透明な時代を生きるヒントを与えてくれます。
writer
佐藤 昇一 @Chosan1976
書店員。銀座 蔦屋書店にて日本文化と旅を担当する。2016年まで、歌舞伎俳優として18年間、舞台に立っていた。その経験を活かし、店舗にてイベントやフェア、出版の企画を行っている。