
時の余白、北の風景。 はり絵が描く心の軌跡
北海道をJRで旅する。車窓を流れゆく景色を眺めながら、ふと手に取るのは、座席のポケットに差し込まれた車内誌「THE JR Hokkaido」。
表紙に目をやると、色彩豊かで、どこか懐かしさを覚える風景が目に飛び込んでくる。藤倉英幸(ふじくら・ひでゆき)さんの「はり絵」だ。
その絵は、多くを語らずとも、静かに、北の大地への旅情をかき立てる。わたしにとって、藤倉さんの作品ほど、郷愁を誘うものはない。

記憶のかけら
初めて藤倉さんの作品に出会ったのは、遠い日の記憶の中。小学生の頃、社会科見学で訪れた千歳市のキリンビール千歳工場。そこで、何げなく目にしていた工場のシンボルキャラクターや、ピクトイラストなどを手がけていたのが、藤倉さんだったと知ったのは、ずっと後のこと。
子どもの頃、無意識のうちに触れていたものが、時を経て再び繋がった時の感覚。言葉にするのは難しいけれど、確かに心に残るものがあった。
その後、JRの車内誌で、藤倉さんの作品と再会した。子どもの頃に感じた、漠然とした親しみのようなものが、確かな輪郭を持って立ち上がってきた。
ある時期、車内誌の表紙が別のものに変わってしまったことがある。手に取った車内誌を見て、小さく落胆した。それは、旅の途中で、いつも立ち寄る店が閉まっていた時の、ちょっとした喪失感に近いものだったかもしれない。
藤倉さんの絵は、いつしか北海道の旅に欠かせないものとなっていた。再び表紙を飾るようになった時は、失われた風景が戻ってきたような、安どの気持ちでいっぱいになったのを覚えている。
心象の風景
藤倉さんは1948年(昭和23年)、後志管内岩内町に生まれた。早くからグラフィックデザインにひかれ、美術とデザインを独修した努力の人。26歳で独立してからは、書籍の装丁、パッケージデザイン、イラストレーションなど、幅広い分野で活躍。92年(平成4年)からは、JR車内誌の表紙絵を手がける。近年では、菓子製造道内大手・六花亭の「雪やこんこ」のデザインでも知られている。
藤倉さんの作品がわたしをひきつけるのは、北海道の風景を、情感豊かに、そしてどこか懐かしく描き出しているからだろう。
広々とした大地、四季折々に色を変える田畑や山林、季節の移ろいを映す町並みや小さな集落。それらは、はり絵という技法によって、温もりを帯びた、心象風景のような姿で目の前に現れる。
写真のように細部まで写実的に描かれたものではない。むしろ、その余白こそが、見る人の記憶や感情を呼び覚ます鍵となっているように思う。普遍的な風景の中に、それぞれの個人的な物語を重ね合わせ、心の中にそれぞれの北海道を描くことができるのだ。
それは、過ぎ去った日々への郷愁であったり、大切な人との思い出であったり、まだ見ぬ風景への憧憬であったりするかもしれない。
余白の探究
そういえば、はり絵に挑戦してみようと思ったことがあった。美術の成績は、中学校、高校とも、お情けで「3」をもらっていたわたしだけれど、藤倉さんの著書で、はり絵の技法が丁寧に解説されているのを見て、心を動かされたのだ。ただ、色画用紙などを買いそろえたものの、実際に手を動かす前に、諦めてしまった。
はり絵への挑戦は、中途半端な形で終わってしまったけれど、藤倉さんへの尊敬の念は、変わることはなかった。展示会が開かれるたびに足を運んだ。
作品を前にすると、さまざまなことが頭をよぎる。余白の取り方、構図の選択。そして何より、なぜこれほどまでに、心を捉えるのだろうか、と。
風景は、季節や時間、そして見る人の心によって、常にその姿を変える。藤倉さんの作品は、そうした変化の一瞬を切り抜き、永遠のものとして描き出そうとしているように見える。

未来への道しるべ
昨年、わたしは、ニセコ町にある有島記念館へと向かった。藤倉さんの作品展が開かれていた。そこで目にした年譜には、藤倉さんもまた、現在の作風にたどり着くまでに、多くの葛藤を経験してきたことが記されていた。
そのことを知って、少し安どした。同時に、自分もまた、歩みを止めずに、前へ進まなければならない、と思った。
わたしには、小さな夢がある。いつか、藤倉さんの作品を手に入れて、部屋に飾ること。それは、単にインテリアとして絵を飾る、というのとは違う。
わたしにとって、一つの区切りであり、ここからまた何かを始める、そんな気持ちの表れにしたい。
けれど、今はまだ、その場所にたどり着けていない。立ち位置が定まらず、悩む日々を送っている。支えてくれているのは、カレンダーに掲載されていた作品の切り抜きや、少しずつ集めたポストカードたち。
いつか本物の作品と出会う日を夢見て、焦らず、自分のペースで歩んでいきたい。
関連リンク
車内誌「THE JR Hokkaido」は、JR北海道公式サイトトップページ下段にあるバナーから最新号を読むことができます。
いいなと思ったら応援しよう!
