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英読書会-夏目漱石「明暗」

夏目漱石「明暗」(1916)読書会(2020/12/23)
参加者:英、TAさん

●文学座の芝居、永井愛さん作の「新・明暗」を見て原作を読んだが、前半が長くて(面白いけど)挫折してしまった思い出があった。永井さんは喜劇(コメディ)としての作品作りをしたそう。
●漱石、この後どこまで書くつもりだったのか?気になる。やっと謎の中心だった清子さんが出てきたが、人物描写が少ししか無い。せめて、あとどのぐらい続く予定だったのか知りたい。それによってかなり解釈が変わる。
●今までの作品は男性目線だったが、女性の目線が面白い。ただ、完全に心情に入るのではなく、俯瞰した視点なので、女性として共感はしにくい。(永井愛さん作品は女性目線の共感をしやすいので、「新・明暗」はなるほどと思った)
●妻のお延が病院から叔父に呼ばれ芝居に行くシーン、津田→お延に視点が変わるところ、飛躍感、浮遊感があってとても印象的。
●前半、コメディ感がある。病院に行くだけなのにおしゃれをする妻、痔という「本人は辛いけどちょっとかっこ悪くて客観的には可笑しい」主人公という絵面。
●登場人物の一人ずつを丁寧に描いている。各人物が印象深い。吉川夫人、小林、お秀、癖の強いキャラクター。この時代、女性がこんなに男性に対してずばずば言うのは珍しかったのでは?
●後半、温泉で一人鏡に移った自分を見て、津田が自分のことを美男子だと自覚しているという記述がある。(妹が美人だったり、女性に好感をもたれやすいやりとりなど、ちょいちょい容姿の良さを想像させる場面はあったが、突如、はっきりここで出てくる)ここで、一気にこの話のカラーが変化した。主人公は女性たちから寄ってたかって支配欲を振り向けられる内面こじらせイケメン(←)だったということ…。彼はこれまでの漱石作品の主人公と似て、やっかいな周囲の人物や状況からストレスを受け脳内でうじうじと思考する人物であるが、いろんな意味で放って置けないタイプの人間。太宰治「人間失格」の主人公も美男子で様々な女性が寄ってきて身を持ち崩すが、構図が似ている。ただし津田は堕落しない。が、堕落的な人間と紙一重であるのかも、と、ふとよぎる時がある。小林が見せた謎の手紙。ただ、そこに深くは入り込まない。漱石がこの物語の続きでそれを伏線になにか動かそうとしたのかは不明だが。
●そう思うと、吉川夫人も元々世話焼きな人物だが、津田に対し影響力を及ぼしたい欲望が見える。恋愛はできない代わりに、自分の支配がおよぶ女性を彼にあてがうことでそれを満たしている。彼が美青年であるというのは大きい気がする。津田もそれを喜んでいる。恋愛とは別の共依存的な関係にも見える。
●小林も、津田にやけに突っかかるのは彼が美青年であるというのもありそう(もう全てそう見えてしまうけど)。どうにかして汚してやりたい…みたいな。津田、あらゆる支配欲をかきたてる人物なのか。
●妻のお延もなんとか夫を支配したい。自分が容姿で劣ると思っている分、他のところで勝てるところを死守したいのが見える。「容姿の問題」はちらちらと顔を見せていた。
●前回の「道草」に続き、親戚間での金銭トラブルが描かれる。お延も、ちょっとズレたところある。彼女に悪気はない。が、周りからすればいちばんやっかい。
●津田とお延の夫婦関係。お延が「愛」を至高とするこだわり、津田もそれに対しては、お見合いでよく知らない相手とすぐに結婚を決めることに難色があるなど、それまでの「家族制度の束縛」からは自由でありたいという志向は二人に共通しているようである(家族の共依存的な関係をもっと大切にするべきだという妹や父、その妹と病院で喧嘩別れした後で夫婦で笑い合うシーンがあるの象徴的)。その対比としての、「愛」という、個人主義的な理想を求めている。お延も若いので、頑ななところある。しかし、夫婦の関係を潔癖な「愛」でありたいという理想の完璧な実現は難しい。そこに逡巡する夫婦の姿を描いているのでは。これまでの漱石も、繰り返し、前近代的な封建的な家族制度と、近代的な個人主義のはざまで揺れる人間関係を描いてきた。最後の作品でも、揺れ続け、答えの出ない問題を描いている。現代でも通じる、時代の過渡期の問題。
●津田とお延、本来、その自由主義的な価値観では通じ合えているはずだが、うまくいかない。夫婦関係の変化を描写する150話がすごい。「妻を初めて軽蔑することができた」とか…。内容は、飲み込めるような飲み込めないような感じだが、すごいこと書いてるって思う。
●この話はどこに行くのか。過激に帰着(離婚など)するのか、もしくは妥協へ?「彼岸過迄」や「行人」だと、悩む主人公が旅に出て自分を見つめるところで終わっていたので、それでいくと「明暗」でも決着らしい決着はつけずに終わる可能性もある。温泉で清子さんに出会った後、また旅立つのかもしれない。(「こころ」は先生が死を選ぶという過激タイプの決着でしたが)
●これまでの漱石作品を読んできたからこそ、その文脈で未完の遺作「明暗」も読むことができた。

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