生き直しの物語 「宙わたる教室」 —選べなかった人生に向き合うとき
すごくよかった。事前情報も何も知らずに、本屋でジャケ買いしたのだが、物語も、メッセージも、散りばめられたモチーフも私好みで最高だった。(私は書籍に関して雑食でなんでも読むタイプである)
これは、幼い頃、母が図書館でたくさんの本を借りてきて、それを片っ端から読んでいく、という繰り返しの中で自然と身についたものだと思う。
母は私の好みを聞くわけでもなく、ただ次々と本を借りてきては部屋の本棚に並べ、それをあたり前のように手に取って読んでいた。そんな環境が、今の「なんでも読める自分」を育ててくれたのかもしれない。
たとえば、「うしろめたさの人類学」や「超圧縮地球生物全史」といった学術ジャンルの本も楽しく読めるし、「星を掬う」のような湿度の高い小説も大好きだ。「鼓動」のような社会派ミステリーも、「方舟」のような王道推理小説にも心惹かれる。
どんな本でも引き込む力があれば、ジャンルを越えて楽しめる。そのなかでも特に科学モチーフが絡む作品は特別好きだ。「宙わたる教室」も、その例外ではない。火星のような天体モチーフ、物理実験の描写が、何度も登場し、物語のメッセージとも、どんどん絡み合っていく様子が魅力的だった。
科学の要素は物語の進行にどんな影響を与えるのか、火星という未知の存在が、物語のなかでどんなふうなメタファーとして機能しているのか。
科学と聞くと一見、感情や人の生き方からは遠いテーマに思えるかもしれない。でも、実際には科学と「人が生きること」という普遍的なテーマが驚くほど繋がっていることに気がつく。
物理や宇宙といった広大なテーマが、私たちの些細な日常や、人生の選択、意志とどこかで共鳴している。こういったところはサイエンステーマのある小説が持つ深い魅力だと思う。
サイエンス小説のいいところばかりを力説してしまって全然物語の内容に触れられていないので印象的な一文を紹介。
ほんの一部だけれど、この物語は「生き直し」の物語だと感じる。
こう生きるしかなかった、でも心の中にはこんな風に生きたかったという思いがあった。手に入れたかったもの、手が届かなかったものが人生には確かにあった。たくさんの選択肢をあきらめ、目の前にあるものを拾い集めていく。
理想通りには生きられなかったけれど、ただ一歩ずつ今日と向き合ってきた。その事実はいつか他の誰かから見れば、まるで「正解のような人生」に見えるのかもしれない。でも当事者にとっては違う。ただ目の前にあった、選べなかったものに対して、懸命に向き合いながら、生きてきただけだった。
人生に対する葛藤が、サイエンスのフィルターを通しながら、物語のなかで交差する。その交差点で生まれる感情のひとつひとつはとても印象に残り続けた。そして、選べなかった自分の人生と、どう向き合っていくのかを問いかける物語に励まされた。それがこの一冊を単なる物語以上のものにしていたと思う。
難解な言葉はほとんど使われていなくて、中高生でも気軽に読めるのも大きな魅力。この本から得られるものは大きいなと本当に思います。ぜひ多くの人に読んでほしいです!
あらすじ
「宙わたる教室」は、東京の定時制高校で集まった多様な生徒たちが、理科教師と共に「火星のクレーター」実験に挑戦し、成長していく物語。選べなかった人生とどう向き合うか、理想通りに生きられなかった自分を受け入れ、前に進んでいく力を描いている。サイエンスをテーマに、日常の葛藤と成長を鮮やかに描いた物語。