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透きとおる子どもの感性に最大の敬意を

こどもって、どんな存在?

一般的には子どもが下で大人が上みたいな感じがありますよね。

子どもは未熟だから大人が指示しなきゃ。
子どもは大人の言うことを黙って聞くべし? 
常に指導しなければ間違った方向へ行く? 
子どもの言うことなんて聞くに値しない?などなど。 

私も子育て中は、大人の私がしっかりと育てなきゃ!!と勢いあまり、大人の権威を振りかざし、大失敗の連続…。

私の今までの人生、振り返ってみると自分が子どもの時からなんだか、
ずっと、子どもとともにいる感じなんです。

高校卒業後の春休みに公文のアルバイトをしたことが始まりで、学生時代は塾や、家庭教師として。卒業後は高校受験の学習塾講師として。結婚後、塾講師はやめたけど、個人的にずっと、こどもたちの勉強を手伝ってきました。長女を出産した後、生まれたての彼女を連れて生徒のおじいちゃん、おばあちゃんに見てもらいながら家庭教師したことも。

そんな私は思います。こどもは本当に素晴らしい。
大人はそこから学ぶことが沢山あると。

彼らの感性はくすんでない。透明なんですよね。
大人になるにつれて、いろいろな知恵をつけて理性的に脳を働かせたりするから、色眼鏡だったり、曇りガラスになっちゃう。 

だから、大人はもっともっと、子どもが感じてることにしっかりと耳を傾ける方がいいと
声を大にして言いたい。
時にはあまりにストレートすぎて素直に受け取れないかもしれないけど。

子どもが嫌だと感じるときは、心からそう感じてるんです。
いやなものはいや。そんな感じです。

「いや」とは、その場所は「安全でない」と
こどもが判断しているということ。

大人は理由をつけて、そこに向き合わなかったりする。過去の私のように。それは、その子の感情を無視したことになり、彼らの心を傷つけてしまう。

こどもは、一人では生きていけないから、大人の顔色を大人が想像できないレベルまで観察しています。

反対に、こども をそのまま受け入れて、認めて、寄り添ってあげると こども のエネルギーは無限大に広がります。

今、学校外の場所で不登校(この表現は好きではないのですが)の子供たちと過ごしています。

彼らの話を彼らの目線で聞くと、その子達にとって学校がどれほど不安で、恐怖に満ちたところかということを実感せずにはいられません。

そんな子どもたちを、大人たちは 
よってたかって学校に戻そうとする。  

「あなたのため」「将来のため」 

本当にそうなのだろうか。

学校に行かなければ将来がないと、叩き込まれた彼らは 
学校に行けない自分には未来がないと思ってしまう。

「僕は消えたいんだよ」
ぽつりとつぶやく子がいる。

自分を認めるどころか自分の存在を否定してしまう。なぜ?

それは彼らが自分の存在を周りの大人に認めてもらってないと感じているから。

社会からのそんな重圧に、
こどもの溢れ出るエネルギーは行き場を失い、ねじ曲がり、
時に自分を攻撃したりする。 

力を失って、倒れる寸前の状態の子どもたちが
やっとの思いでここまでたどり着く。

私は、最大限のリスペクトをもって、
第一声を放つ。

「よく来たね!」 もちろん笑顔で。

重い足を引きずって、外に出るだけでも大変なこと。
朝起きて、顔を洗って、支度をして、この場に来ることがどれほど大変か。

そんなことを想像しながらその言葉を発する。
ひとり一人の名前を添えて。





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