不登校は親子の絆で「克服」する問題なのか問題
7/12、日曜日にヒロロ健康センターで開催された「不登校や不登校ぎみのお子さんとの関わり方のヒント」というセミナーに参加してきました。
開催前の告知に協力した時のツイート↓
これは、元不登校児で現役不登校小学生の母であるわたしが、そこで聞いて感じたことをまとめたnoteです。
あくまでも個人の感想であり、講師の言葉は手元のメモをソースとしているため、実際の発言と多少違いがある場合があります。
講師・木村宣貴(きむらよしたか)氏プロフィール
『M&F Relations』代表
『子育てが楽しくなるママカフェ』代表
選択理論心理士
日本リアリティ―セラピー協会会員
日本選択理論心理学会 常任理事(2011年~2017年)
神奈川県立高校 非常勤講師(2011 年~2015 年)
2008年1月にM&F Relations設立。
(プロフィール・講演実績 | M&F Relations より引用)
リモートセミナー+会場で聴講
このセミナーのことを最初に聞いた時は4月にヒロロの4階ホールに講師を招いて、普通に参加者は会場に集まって聞く予定でした。
しかし、感染症の影響で開催日が3カ月延期になり、さらにZOOMを使ったリモート講演になりました。
聴講する側はそれぞれ自宅からPCやスマートフォンなどで参加、会場で聞きたい人はヒロロ3階の健康ホールに集まって、一つの大画面を見る、という形です。
主催はパパママ楽習会運営委員会。
この中に、日頃よりお世話になっている子育て支援センターの方もいらして、同センターを借りて月に1、2回ほど不登校親子の交流サークルをしているわたしに声かけがあったので行ってきました。
会場での参加は15人くらいでしょうか。
椅子席は少し間隔を空けて並べられていて、マスクの着用と受付時に非接触型体温計での検温もありました。
先に呼び掛けたサークル仲間の2人が見えていたので、その近くに座りました。
席に着いて画面を見ると、タイル状に区切られた参加者が交流する様子。
これは、弘前・青森に限らず全国からの方が多そうだな、と名前の後ろに付いている地域名を見て感じました。
それぞれ、名前で呼び合っている様子から、すでにつながりがある雰囲気を感じます。
講師の木村宣貴(よしたか)氏は、全国30か所以上で「子育てが楽しくなるママカフェ」を定期開催していて、青森県内でも開催されてきたそうなので、おなじみの方も多いのでしょう。
前半はグループシェアも挟んで和やかに
木村氏は中学校で不登校を経験した子が半分くらいいる高校(日中の定時制)に4年間非常勤講師として勤務したそうです。
もしかすると、わたしが20代の頃に訪ねたことがある高校かもしれません。
小学校から不登校、学校に行きたくない子が増えている。
適切な声かけをしていくことで、学校に行かせようとしなくても行けるようになる。ヤンキー的な子もリストカットで腕がズタズタになっている子も。
しかし、親も学校の先生もそれぞれ頑張っているけれど、対応次第で完全不登校になるケースも少なくない。
学校に行きたくないと言い始めた子への対応について学んでいくという始まりです。
前半はZOOMではブレイクアウトルーム、弘前会場では2・3人ずつに分かれて自己紹介をしたり、下のお題に対して言葉をシェアしたりしました。
・小学生の頃に楽しかったこと
・学校に行きたくないと思っている子にとって学校に行くといういことはどういうことか?
・学校に行くことによって得ているものは何か?
・学校に行かないことによって得ているものは何か?
ZOOM参加者からは各自チャットで、弘前会場参加者からは各グループに入ったスタッフの方がメモしてZOOM参加してるスタッフアカウントからチャットで伝達という流れでした。
小学生の時に楽しかったことは、勉強という人はめったにいない。
↓
親になると子どもの気持ちを忘れがち。ちゃんと学校に行かせなきゃ、ちゃんと勉強させなきゃ、ちゃんとした大人にしなきゃ、という思いが先に立ってしまう。
学校に行きたくない子が学校へ行くことは「苦行」「地獄」「とてもエネルギーを使うこと」「逃げ場が無い」
↓
学校に行きたくないなら行かなくてもいいよ、と言う前に、その子の気持ちに寄り添うことが大事
学校に行くことによって得ているもの「近所の友達」「様々な共通体験」「集団行動のルール」「たくさんの人との関わり」
↓
実は学校以外でも得られるものが多いよね
学校に行かないことによって得ているもの「心身の安全」「たくさんの時間」「自由」
学校に行かないことによって膨大なものを失う気がするけれど、そうではないですよね。と話しは対話しながら和やかに進みます。
わたしもグループでシェアする以上、自分の体験や息子の不登校のことなど語りながら言葉を出していました。
不登校の親は何を意識したらいいのか?
「子どもの不登校で悩んでいる親はどれだけ頑張っているか。子どもも学校に行ったり休んだりしながらみんな頑張ってる。
子どもも、親も、すごく頑張ってるよね」
3回くらい間をあけつつじっくりと語られていました。
不登校の親は何を意識したらいいのか?
このことを通して、親子の絆を育みながら、子どもの自立をサポートしていく
会場内がこころもちウェットな雰囲気になったところで…
「学校に適応できるように育てることは大事」
いきなり心の中の地雷を踏み抜かれたのですが。
「子どもが学校に適応できるけど、他にやりたいことがあって行かない場合と、学校に適応できないという問題は分けていくこと」
「学校に適応できる子に育てていくことは大事」
「学校に適応できないのを良しとすることは、社会に適応しないのを良しと
「ここを勘違いしている元不登校者が不登校を増大させている」
「元不登校だった親は自分の過去を否定したくないから、ちょっと子どもが行きたくないと言うだけで学校批判をして学校など行かなくていいとしてしまう」
「そういう不登校団体の活動をしている人が多い」
語り口に熱が入っていたし、何か過去にあったのだと思うことにしました。
子どもが不登校にならないためのカギ
終了予定時刻になりましたが、木村氏の講演はまとめに入ります。
社会に出てからも悩みの多くは人間関係によるもの。
子どもの頭が整理されていく小4くらいから、自分は人間関係が苦手だと自覚したりするようになる。
運動会の練習や友達とのトラブルなどで子どもが「学校に行きたくない」と言い出した時は、まずその気持ちに寄り添う。寄り添いながら、少しずつ学校に行けるように後押しをしていく。
いっしょに遊んだり、話しかけてきたら傾聴したりして、愛情のエネルギーで満たすことで困難を乗り越える力を得る。
ただし、「やってあげる」「買ってあげる」が増えてしまうと、子どもが育つ力を奪ってしまう。お世話をしすぎない。
そして、いじめなど本当に苦しくて行きたくないのかは見極めて、そういう時はちゃんと休ませること。そこからでもまた登校につながることはできる。
しかし、完全(長期)不登校になった場合…そういう時はフリースクールもある。そういう大事な活動をしてる人たちもいる。
ママカフェの人だからそれもそうかなのですが、
親の愛情、親子の絆で困難を乗り越えていきましょう、
という終わり方でした。
主催Facebookページのレポート
わたしの感想だけ読むのも一方的になるので、合わせてリンクしておきます。
それでもわたしが思うこと
わたしが学校に行けなくなった頃の、あの教室の中の息苦しさを、「親の愛情エネルギーを注いで絆を育んで乗り越えていこう」って言われたら、全然理解されていないと思うのですよ。直接は言われないにしても。
30年以上前の当時、高速バスに乗ってかかっていた札幌の有名な小児科医は「幼少時の親の愛情、外遊びが少なかったため」として、主に母親に過大な負担をかけました。登校拒否が母源病とされていたあの時代と、令和の今、口当たりはよくなったけれど、根っこの部分はつながっているように感じました。
って書いたら、また「元不登校者は自分の過去を否定されたくないから」と言われるかもですね?
学校に行きたい子も行きたくない子も
わたしが主宰しているひろさき親と子の不登校ほっとスペースきみだけは、月に1・2回ヒロロの子育て支援センターなどで集まって、お互いの状況を話したり、地元の情報交換をしたり、いっしょに遊んだりしています。
新年度になって環境が変わり、学校に通い始めた子もいます。
うちの子も含めて、学校に行ったり行かなかったり、まったく行かなかったり、子どもと学校の関わり方や状態は様々です。
わたしは専門家ではないので、特に「学校に行けるように」とか「行かない方がいい」とかアドバイスをしたりはしないです。他の参加者の方にもそこは批判や批評を挟まないようにお願いしています。
学校は社会に必要だし、先生方もそれぞれとても頑張っています。
でも、現状ではそこに行くことが苦痛でならない子たちがいる。
「運動会の練習が嫌」など表現としては、特に小学生のうちはささいなことに思われるかもしれないけれど、その背景にある環境と子どもがマッチしていないこともある。
親子の絆、愛情、それはもちろん大事だけれど、学校に行けなくても大丈夫、生きていけるし、育っていける、そういうことを親以外も認め合える社会になるといいなと、ささやかながらやれることをやっていきます。
自分の不登校体験や社会に出てからのことは、ブログにてちょくちょく記事にしています。
(2020年6月、息子と河川敷公園にて撮影した影絵)