スペインの保護犬施設に住み込みボランティア。アメリカ人、ドイツ人とうんこ拾い
スペイン南部、アンダルシア地方の犬の保護施設に滞在して、お金払ってうんこ拾いをしています。なんでそんなことをしているかという背景は前回書いたので、以下に委ねます。
空港から30分ほど、茶色い畑のような平地の中にポツンと犬の保護施設がある。ここには約600頭のスパニッシュ・グレイハウンド(ガルゴ)が保護されている。
郊外なので、犬が吠えても文句を言うような近隣住宅はない。交通機関はなく、自力でレンタルした移動手段が必要になる。私は、普段徒歩とバスで生きているので、レンタカーは諸々ハードルが高く感じ、レンタルバイク(125ccのスクーター)にした。
平日の早朝、3時間睡眠のもうろうとした頭で空港に着き、市街地の大きな駅までバスで出て、出勤前の人々が朝ごはんを食べているレストランバーでコーヒーとカリカリにトーストされたパンにハモン(生ハム)が挟まれたサンドを食べ、そこから予約していたバイクを借りて高速道路へ向かって走った。
よく考えたら、バイクに乗るのは20年ぶり、日本以外では初めてだが、こわいとか、危ないとか、遠いからやめておこうとか、そんなことは微塵も脳裏をよぎらず、ガルゴの元へ行くためならどんな手を使ってでも行くのだ、しか、頭になかった。犬ジャンキーは盲目だ。
Googleマップのおかげで道に迷うことなく無事施設に辿り着き、駐車場にバイクを停めようとして、エンジンを切って押しているとバランスを崩してのっそりと転んだ。高速道路を走った緊張と、寝不足と、風圧と日差しと、ヘロヘロだった。
施設に入り「今日からボランティアに来ました」と言おうと、人々が忙しく働く受付を見ると、タンクトップから鍛えられた腕がのぞくお兄さんが私にきづき、笑顔で「ハナ?」とやって来てくれた。
たくましい腕のお兄さんは、メールでやりとりしていたボランティア受け入れ担当の方だった。お互い初対面だが、アジア人なんて滅多に来ないだろうから、すぐに気づいてくれたようだ。
早歩きで廊下を歩いていた獣医と職員のお姉さんたちも、私に気づいて「ああ!来たんだね」とあいさつをしてくれた。遡ること3ヶ月前に一度、相方のはからいで(私の長年の夢だったため)、この施設を訪ねて、半日手伝いをさせてもらったので、覚えてくれていたのだ。集団に入っていくことが苦手な人間としては、既知の人がいるのはわずかながらでも心強い。
近隣にホテルなどがない場所ゆえに、この施設にはボランティア用の宿舎がある。たくましい腕のお兄さんに、宿舎へ連れて行ってもらうと、午前中の作業を終わらせたボランティアの人たちが休憩をとっていた。たくましい腕のお兄さんは、彼らに私を紹介し、その中の50代くらいのアメリカ人女性に私を作業に同行させるように頼んでくれた。
このドッグシェルターは、怪我をした犬たちも運び込まれてくるので、獣医や職員は忙しく動き回り、テーマパークのように来場者を楽しませたり、5つ星ホテルのように来る人にサービスするラグジュアリーな余裕はない。先輩ボランティアから教えてもらいながら、作業をしていく必要がある。
たくましい腕のお兄さんは、ボランティアの受け入れの書類を持ってきて、私がサインする間に「あの(アメリカ人)女性は今日が誕生日だから今からサプライズするんだ」と小声で教えてくれた。なんと、たかがボランティアに誕生日サプライズをするなんて、先ほどラグジュアリーな余裕はないと書いたばかりだが、レストランのサービスみたいだな、と思っていると、ケーキを持った職員の人が来て、みんなでワーッとお祝いの言葉を言い、女性はロウソクの火を吹き消した。
後から聞いたところによると、このアメリカ人女性は「たかがボランティア」ではない人物だった。すでに7年か8年か毎年ボランティアに来ている人で、シカゴの動物保護団体で活躍しており、寄付金を集めてこの施設の備品を買ったり、ここの犬がアメリカに譲渡されていくのを手伝っているという人だった。重要人物だったのだ。
彼女はとても気さくで親切な人で、着いたばかりの私が「ここの水道水しょっぱいね」と言うと、「料理に使うのはいいけど、飲み水には向いてないのよ、スーパーに連れてってあげるから」と彼女のレンタカーを出してくれて、サッとスーパーまで運転してくれた。こんなに気軽に初対面の私を助けてくれるなんて、すてきだなと思った。彼女は常に笑顔で、冗談を言ったりしながら笑っている。
私が着いたのは午前の作業が終わったばかりだったため、ボランティアたちは休憩してあまり動かない。おのおの、昼ごはんを作って食べている。
ドイツ人の30代くらいのカップルがいたので、話をしていると、彼らはドイツからスペイン南部まで、スポンサーから提供された電気自動車のキャンピングカーで、フランスやスペイン北部に停車しながら4日間かけて移動して来たという。
インスタグラムで活動するインフルエンサーだった。私はインフルエンサーとして本当に生きている人を初めて目の当たりにした。彼らは、スポンサーから提供されたものの宣伝を交えながら、このドッグシェルターでグレイハウンドのレスキューについて啓蒙活動をしているのだ。
彼ら自身が2頭のグレイハウンドを引き取ったことがきっかけのようだった。ガルゴ(スパニッシュ・グレイハウンド)ではないが、アイルランドでレース用にトレーニングされ、レースデビュー前に故障によりリタイヤしたグレイハウンドをアダプトしたそうだ。
ドッグレースは各国で廃止する流れになっているようだが、アイルランドではまだ合法なのだ。レース用に繁殖して育てたけど、使えなかったから用無しになった訳だ。先ほどのアメリカ人女性も、一部の州ではまだドッグレースをしているところもあるけど、だんだん減っていると言っていた。
インフルエンサーのグレイハウンド2頭は、アビーとメイベルというメスで、どちらも無口でおとなしかった。飼い主が働く間、静かに横になって待っていた。
昼ごはんを食べ終わったアメリカ人女性とドイツ人カップルは、犬のリハビリに行くというので、私もついて行った。マリノア(ベルジアン・シェパード・ドッグ・マリノアという牧羊犬)が外のエリアで布の屋根がついたフェンスの中に座っていた。サラビ、という名前のメス犬だ。ここにはガルゴ以外の犬種も、見た限り1割未満くらいはいる。
交通事故で下半身が動かなくなったこの犬を、安楽死させてほしいと、誰かがこの施設に持ち込んだそうだ。ここは「虐待を受けたガルゴ(グレイハウンド)のリカバリー・センター」と施設を定義して、数人の獣医が常駐している。彼女たちは安楽死を拒否し、治療をして、リハビリさせる方針を選んだのだ。
サラビは下半身の感覚は残っているが自力では歩けないので、トレッドミル(ウォーキングマシーン)でトレーニングをする。布ベルトで下半身を持ち上げ、マシーン上部から吊るし、トレッドミルに合わせて1人が後ろ足を持ち動かす、もう1人が顔の前におやつを差し出して歩かせる、という具合だ。
リハビリは室内でおこなった。これが済むと、昼間は暑すぎて外でできることはないので、犬も人間も日陰に避難して過ごす。この日は34度だった。乾燥しているから日本のような蒸し暑さはないが、日光が危険なほどに痛い。直火焼きだ。だからスペインにシエスタが存在するのだなと身を持って納得する。
しかし私はついたばかりでシエスタする気にはなれないし、滞在期間は限られているから、すぐにでも何かしたい。だけど働いている人たちの邪魔はしたくない。わからないから、とりあえず、ボランティアが滞在するエリアの掃き掃除をしてみたが、すぐ終わった。
通りかかった職員、40代くらいの明るく力強くしゃべる男性に「何かできることないか?」と聞いてみた。「俺について来な。ここではやることはいつでもあるんだ」と言ってくれたので、後をついて犬舎へ行った。
彼は私に「犬の各部屋のうんこを拾って、床を水で流してくれ」とチリトリとホウキを渡してくれた。朝に一度掃除をしているから、うんこは少ししかない。それを拾って、ホースで床を流す。犬たちは水しぶきから逃げ回り、部屋の隅にあるプラスチックのタライのような寝床の中で、3匹くらいがぎゅうぎゅうに入り怯えている。掃除とはいえ、イジメているみたいで申し訳ない。あなたを捨てた人間みたいに虐待しないから、怯えなくていいんだよ、と言いたい。
力強くしゃべる彼はドッグフードの補充をしていた。パネルと銀色のフェンスで仕切られた犬たちの部屋には、郵便ポストのような大きな箱が壁にかかっている。その箱の上からドッグフードを補充して、箱の下が受け口のように開いているところから犬が食べる。
餌の袋は重たそうだし、犬の部屋はたくさんあるし(なにせここには600頭いるのだから)大変だなと思って「ごはんは毎日補充するの?」と聞くと、彼は「いいや、5日ごとくらいだよ」と言った。箱はかなりの量が入るようだ。
掃除が終わると、明るく力強くしゃべるお兄さんは、私に休憩するように促した。暑すぎる昼間に無理して動かない方がいいのだと、ようやく理解し始めた私は、言われた通りボランティアの宿舎に戻った。インフルエンサーカップルは、2社のスポンサーと約束している投稿をしないといけないのだと、画像を編集していた。華やかに見える裏側には地道な作業があるのだ。
17時になり、まだまだ暑い真っ只中だが、水の補充をする時間だと教えてもらい、ついて行った。犬の各部屋にあるブリキのバケツに水をたっぷり注ぎ足す。午前中に入れているのであまり減ってはいないが、枯らすわけにはいかないし、明日の朝まで持つようになみなみにする。
ホースは、飲み水用と、掃除用の飲めない水と別々の蛇口から来ているから、絶対間違えないようにと、念押しされた。ガルゴたちがお腹を壊してはいけないし、貴重な飲み水を掃除には使えない。
水補充が終わり宿舎に戻って休んでいると、ロングヘアをお団子にまとめた作業服の女性がやってきて、私たちに「手伝ってくれるか」ときいた。私とインフルエンサーの女性は、外の犬たちが走り回るエリアのうんこ拾いを頼まれた(カップルの男性は残って作業をしていた)。
屋根も木陰もない、乾いた茶色い土のドッグランは、西日が差し込み、18時半だが気温33度で、それ以上に暑く感じる。アンダルシアを南下するとすぐモロッコだから、サハラってこんな感じなのかなと痛い日差しを浴びながら一瞬思った。
フェンスで区切られた10ヶ所のドッグランを、2人で手分けしてうんこを拾った。インフルエンサーの女性はうんこ拾いは撮影していなかった。早く終えたくてそれどころではないのかもしれない。ところどころある、草に絡まって乾いたうんこが全然取れない。もうそれは諦めて、取れるのだけ取って、作業を終え、私たちは宿舎に逃げ帰った。「やっと汗が流せる」とインフルエンサーの女性はシャワールームへ消えていった。
夜に夕食を作って食べていると、チワワみたいなサイズの小型犬が走ってきた。掃除のおばさんの犬らしい。おばさんは、ボランティアの宿舎のキッチンを掃除していた。どうやらこのキッチンは、施設の獣医さんや職員も昼ごはんを食べる休憩所のようだ。
私が以前にマルタで学生用のシェアアパートメントに住んでいた時のことを思い出した。切れ味の悪い包丁と火力の弱い電磁調理器。ここにいるボランティアたちは大人だから節度があり、学生たちのように汚くは使わないけど、すごくキレイというわけでもない。まあ、そういうのも含めて泊まり込みのボランティアだ。人々とシェアして生きるということだ。
21時くらいになると、ようやく暑さが落ち着いて過ごしやすくなり、23時に寝床に入った。私の部屋には2段ベッドが3台ある。つまり6人部屋をありがたいことに私は1人で使わせてもらえるわけだが、ベッド3台の間に1畳の隙間があるだけで、6人も集える場所はない。2段ベッドの下段に座ると頭を打つ低さなので、座る場所もない。
まあ、こういうのも含めて泊まり込みのボランティアだ。1泊15ユーロ(約2500円)で泊まらせてもらうんだし、来てくれと頼まれてもいないのだから、文句は言えない。私が喜んで自ら来たのだ。足を動かすと2段ベッドのハシゴに指が当たって悶絶しながら、眠りについた。