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お金を払って喜んで犬のうんこを拾いにきた話

私は今スペイン南部の陽の照りつける茶色く乾いた土地の真ん中にいます。いつも暮らしている島とは違い、歩いても海にたどりつけない平地の中です。

自分は今起こったばかりのことを書くのは向いていない人間で、しばらく寝かせる時間を要します。とれたての野菜を新鮮なうちに出す店ではなく、古漬け専門店です。ですが、今、あまりにたくさんの刺激の中に身を置き、古漬けにするより浅漬けくらいで出していった方が良い気がするので、書いてみます。

スペイン南部、もう首都マドリッドに行くよりも南下してモロッコに行く方が近いのではというアンダルシア地方に私はいます。私がこれを書いている宿舎の横には、元養鶏場だった大きなファクトリー調の建物があり、同じ種類の犬ばかりがひしめいている。

私はこの施設に1週間泊まり込みでボランティアをする。なんだったら宿泊代を払って、飛行機代も払って、レンタルモーターバイクもして、毎月わずかだが寄付をして、無給で自ら喜んで犬のうんこを拾いにきたのだ。

あまりにたくさん、同じ種の犬が柵の中にいる様子は、かの歴史的コンセントレーションキャンプを思い出さなくもない。

もちろんここで犬は強制労働をさせられる訳ではないから、どちらかと言えば刑務所の方が雰囲気としては近いかも知れないが、それでは保護に尽力している人たちにあんまりだし、犬たちは何も罪を犯してないので、難民キャンプ、避難所といった方がいいかも知れない。それでもあんまりかな。ごめんなさい。

ここにはおよそ600頭の犬が保護されている。600という命の数が想像できるだろうか。

1学年100人ずつの子どもがいたら、総勢600人の児童が集うなかなかのマンモス小学校になる。その小学校の全校生徒が捨て子だとしたらどうだろう。私は1学年2クラスしかなかったので想像できない多さだ。

ほとんどが同一の犬種、「ガルゴ」と呼ばれる犬である。世界最速の足を持つと言われるこの犬は、時速70kmのスピードが出るらしい。英語ではスパニッシュ・グレイハウンドと呼ばれる犬種だ。

その俊足ゆえに、狩猟やレースに用いるために繁殖させられる。そして、早く走れない、指示通りに動かない、使えないとみなされた犬は捨てられる。

今時、そんな気軽に動物捨てたら動物愛護法で罰せられるでしょう、と思うかも知れないが、この犬種は狩猟用に使われる「道具」なので、ペットではなく、すなわち愛護される動物ではない、と言うのがスペインの法律らしい。それゆえにこの犬種だけで年間5万頭が遺棄されていると言われる。道具なので、捨てようが殺そうが飼い主は罰せられないそうだ。

動物愛護先進国が多いイメージのEUの中で、なんでスペインがこんなことになっているのかというと、複雑で漆黒なものが背後にはあるのだ。それは濃厚な墨汁のように、ねっとりとコクのある暗さである。スペインのダークサイドは今書くと長くなるし、短くまとめるほど私の知識も十分でないので、別の機会に譲る。

さまざまな出費をいとわず喜んで犬のうんこを拾いにきたのは、この犬がとてもユニークなキャラクターを持っていることが第一である。とても静かで繊細で不思議な犬である。もちろんフレンドリーで元気なパーソナリティを持つものもいるが、だいたいおとなしく、無口な傾向がある。

そして、私がこの犬が置かれている状況に、暗い悲しい現実に、興味をひかれずにはいられないからである。暗い洞窟が怖くもあり、気になって見たい衝動に駆られるような。どうしてものぞいてしまう、深くて見えない井戸の底のような。

ひとまず、今言えることは、アンダルシア地方は、とても暑く、とても乾燥している。太陽は恵みであり、凶器でもある。そして、湿度が低いと、蚊が出ず(これは嬉しい)、水を飲んでも飲んでも喉がずっと潤わない、ということである。

この乾いた土地の施設で体験したことをこれから書こうと思う。

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