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海外へもらわれゆく命、永遠に減らない捨てられる命、スペインのダークサイド
スペインにある、600頭の犬が暮らす施設で、1週間寝泊まりさせてもらった。私にとっては毎日ウハウハのハーレムのような幸せな体験だったが、犬たちにとっては最も幸福といえる環境ではなかった。なぜなら、そこは虐待やネグレクトされ捨てられた犬たちの施設だからだ。
一般的に捨てられた動物の保護施設にはいろんな犬や猫がいるものだが、この施設は9割くらいが一つの犬種、スパニッシュ・グレイハウンド(スペイン語ではガルゴと言う)で、他の犬種はわずかである。同じブリードばかりいるから一見すると繁殖施設に見えなくもないが、真逆で、飼い主から捨てられた犬たちである。
細長い手足、あまりにスレンダーでエレガントな見た目から、なんだか高飛車な、金持ちの犬に見える犬種なのだが(私は以前はそういう先入観があった)、実際には多くの犬がタフな人生(犬生)を送っている。
スーパーモデルが集結したイベントに来たのかと思ったら、皆トラウマを抱えた被害者の会合だった、という感じだ。
スパニッシュ・グレイハウンド(以下、スペイン語名のガルゴと呼ぶ)は、世界最速の犬種、時速70KMで走ることで知られ、ハンティング(野ウサギ狩り)やドッグレースで用いられる。日本の一般道なら、お巡りさんもビックリ、法定速度違反になってしまう速さである。
私は、知人がこの犬種、ガルゴを保護施設から引き取って飼っていたことで、初めて彼らの境遇を知った。2017年のことだった。それまでグレイハウンドは、金持ちが持つ悪趣味な犬(言い過ぎ)だと、失礼にも思っていた私は、ハンティングに使われて捨てられる犬だと知って、180度見る目が変わった。
金持ちの家に生まれ何不自由なく暮らし、才色兼備で性格まで良くて、非の打ち所がなくて鼻につくやつ、みたいな存在だと思っていた(偏見がひどい)。それが、人間の私利私欲のために使われ、むごい仕打ちを受けていると知ると、静かでシャイなこの犬種に、私は完全に惹きつけられてしまった。
それから、このガルゴについて調べて、スペイン国内だけで毎年5万頭が捨てられている(殺されて発見されない数もあるので推定であるが)ことを知り、私は目を疑った。
日本で保護されている犬と猫の数が年間52,793匹である(参考:環境省自然環境局「犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」)。日本のこの数字も全く褒められたものではないが、同じくらいの数が、スペインでは一つの犬種、ガルゴだけで、捨てられているのだ。ちなみに、スペインの人口は日本の3分の1くらいである。
このガルゴが、600頭保護されているスペイン最大級の民間施設に住み込み、1週間ボランティアをさせてもらった。
私が人生史上最多のうんこを拾わせてもらったのは、スペイン南部アンダルシア地方にある Fundación Benjamín Mehnert という施設である。
この施設には、海外からの寄付金やボランティアが集まる。私がいた間にも、スコットランド、アメリカ、イタリア、ドイツからのボランティアが滞在していた。そして犬たちは国内でも引き取られるが、海外の新たな家族の元へパスポートを握りしめて国境を越える犬も多くいる。
私の滞在7日間に35匹の犬たちが海外へアダプトされていった。「明日の朝6時から7時に輸送があるから見たかったらおいで」と言われ、5時半に起きて手伝いに行った。2台の白いバンが来て、中にぎっしりケージが備えられていた。
私たちは犬たちをドッグランに出して、できるだけ体内のデポジット(うんち&おしっこ)を空にさせた。それから1頭ずつ首元に埋め込まられたマイクロチップをチェックしてバンに乗せていく。
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犬たちはもちろん状況を理解できないので、困惑して、中にはすり抜けて脱走するものもいた。逃げた犬を追いかけたら、元いた犬舎に通じる門の前にいた。
そこに戻るより、良い未来がもうすぐ目前に待っているのに、これからあなたにふかふかのベッドやおもちゃを用意してくれる家族がいるのに、そんなことを犬はわからないから、怯えて逃げたかったのだ。なんだかそんな思いをさせて人間として申し訳ない。
私たちが見送った犬たちは、ドイツ、フランス、ベルギー、フィンランド、アメリカへ向かったそうだ。幸せになってね、と彼らの幸運を願った。犬たちは1週間に35頭減ったので、すごく大きな数だな、と嬉しく思った。
しかし、そう順調に数は減らない。同じ期間に、6頭のガルゴが捨てられてきた。私は作業をしていたから見ることはできなかったのだが、飼い主が車で連れてきて、施設に引き取りを依頼するのである。
たった、1週間の間に6匹がこの施設に持ち込まれたのである。この施設のSNSを見ているとわかるのだが、毎週、途切れることなく犬が持ち込まれる。単純計算すると、1ヶ月に24匹が捨てられる。1年に288匹捨てられるのだ。膨大な数だ。中には妊娠している母犬もいて、子犬が8匹とか産まれるボーナスもある。
引き取られていっても、600頭の総数はなかなか減らない。
ダイエットして体重を減らそうとするのは大変だが、食べて太るのは簡単なように、犬の引き取り手を見つけるのは労力が要るが、増えるのは簡単だ。飼い主たちは車に乗せて犬たちを持ち込み置いていく。施設はその捨てられる命を拒否できないから、数が減らない。
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捨てに来る飼い主は後ろめたさはないようだ(次のビデオは飼い主が持ち込んだところの映像)。
悲しい事実を知ることが苦手な人は、この先は読まないことをおすすめする。
捨て方に良いとかマシとか言いたくないが、直接飼い主が持ち込んで捨てるのはまだ「下の上」レベルで、その辺に捨てられて放浪しているところを保護されるガルゴもいる。「下の中」である。「下の下」は、殺す目的で袋に詰められて高い場所から投げ捨てられ、瀕死の状態を発見されたり、脚がつく程度で木に吊るされて(餓死させるため)いるのを救出されたりする場合である。もちろん、完全に死んでいるものが発見されることもあり、もうこれは救いようがない。
なぜこんなに気軽にこの犬種の命が捨てられるのかというと、スペインではハンティングに使う犬は道具であり、愛護の対象となる動物ではないから。ペットではなく道具なので法律で保護されないのだ。
スペインは明るく陽気な人気旅行先というイメージがあるかもしれないが、漆黒なダークな部分もある。どこの国にもあることだが。
俊足が価値であるガルゴは歳を取ったり、病気をしたり、使えなくなれば不要な道具なので、放置されたり、捨てられる。獣医に見てもらうのは金がかるし、食わすのも金がかかるから、病気や怪我は治療されず、食事は与えられずガリガリだったりする。
要らなくなったガルゴを処分するために安楽死させる人もいるけど獣医に連れて行くのは費用がもったいないから、銃で撃って殺す人もいる。
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ガルゴについてのドキュメンタリー映画があるのだが(日本語字幕付き)、この中で、「オリーブの木の下で栄養になる」と言っている人がいた。「お前が自然に還れ、クソジジイ」と私は映画を見ながら画面に向かって言った。
私が滞在させてもらった施設では、両前足がポッキリ折れて保護された犬がいた。交通事故だったら外傷があるはずだが、ない。聞いたところによると、他の施設でも似たような怪我をした犬が保護されていて、どうやら、「最近流行っている捨て方」なのだそうだ。捨てた犬が、走って家に帰ってこないように、飼い主が骨を折るのだ。
こんなむごいことをして、なんで、法律を変えたり、人間を罰したりしないのだ!と憤っても、政治家の中にも、警察の中にも、ハンティングをする人たちがいて、また、狩猟が許可された土地を保存するために、よくわからない政府からの補助金や予算も付いているとかで、複雑な既得権益や癒着があるらしい。
600頭の犬たちは、かわいかった。純粋で健気だった。人間にひどいことをされても、私が柵の中の掃除に行けば、遊びたくて、撫でて欲しくて、近寄ってくる。もちろん、中には、怯えて逃げ回るものもわずかにいた。それだけ恐怖を植え付けられる体験をしたのだろう。
しかし、多くの犬が私がうんこを拾う間、足元にまとわりついて、愛情を求めた。私はこの上なく嬉しくもあり、どうしようもなく悲しくもあった。
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私に何ができるんだろう?うんこ拾って水換えして、彼らを撫でて、寄付する他に、どうしたらいいんだろう?
先に紹介したドキュメンタリーは、全編がYoutubeで無料公開されているので(日本語字幕が設定から選べる)、興味があればぜひ見てほしい。