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AC|わたし流 毒親をスルーする方法
こんばんは。hamuです。
今日、おいっこ2人の誕生日をお祝いするため姉の家に行きました。
姉の家には母も同居しているので、
姉家族に会う=母にも会うことになります。
以前の記事に書いたとおり、わたしは数年前から母のことを「毒親」と認識しています。
そのように認識するようになってから、母と会うたびに変な疲れを感じるようになりました。
頻繁に会うのは毒だと感じ、しばらく会わないよう姉宅の訪問も控えていましたが、
今日はおいっこの誕生日。
気合いを入れて訪問することにしました。
そんな中で気づいたのが「変な疲れの原因」と「疲れないための方法(=スルーする方法)」。
今回はその2つをまとめておこうと思います。
疲れの原因は「母と話すこと」
母と会うたび感じていた「変な疲れ」。
昔はその理由が分かりませんでした。
何か嫌なことを言われるわけでもないし、
言いたいことを我慢しているわけでもない。
むしろ、母とたくさん話してしまう。
この「母とたくさん話してしまう」ということが、疲れの1番の原因だったのです。
お母さんとたくさん話して何が疲れるの?
と思われるかもしれません。
実際、その場では楽しくおしゃべりしている気持ちになります。
しかしあとで振り返ると全然良い気分になれないのです。
なぜ良い気分になれないのか…
その理由は2つ。
話題が偏っている
母好みの「自分」と「今の自分」のギャップ
それぞれ詳しくまとめていきます。
1.話題が偏っている
母は昔からよく喋る人でしたが友だちがいないため、話し相手はわたしや姉などの娘たち。
母の性格をまとめると、
好き嫌いがとても激しい
思い込みが強く「自分が良いと感じたもの」は、誰でも共通で「良いもの」であると信じている
感情が先行しており論理的な話が苦手
そのような母の話題は
「自分が好きなものの話」と「母が感じたものごとの優劣の話」がほとんど。
年齢を重ね外出が減ったことも
話題が偏る原因のひとつかもしれません。
また考えることが苦手なので、
「なぜ?」と掘り下げたり、
他の可能性を考えることもありません。
ただ延々と母の好みを聞くことになります。
好き嫌いは誰にでもあるし、
それ自体が悪いことではないと思います。
ただ、そこに「思い込み」が加わると、
感じ方はかなり変わります。
母の場合は「わたしの好きなものが良いに違いない」「それ以外は良くない」という構文。
長時間聞いていると疲れしまうのです。
2.母好みの「自分」と「今の自分」のギャップ
今でこそ、母の話に違和感や疲れを感じるようになりましたが、昔は違いました。
母を見て育ったわたしは、自然と母の価値観を受け継ぎ、母好みの性格に仕上がりました。
子どものころは母が大好きだったので、
たくさん話して、ますます母と似るように。
とはいえ大人になると、社会に出てたくさんの人と出会います。
転職を経験して、たくさん壁にぶつかって、
わたしの価値観は少しずつ変化しました。
逆に母は外で働いたことがありません。
家で習い事の教室を開いていて「先生」と慕われ続ける存在で、
何十年もその生活をしていました。
わたしが子どものころ持っていた
「母と似た価値観」は少しずつ薄まり、
わたしの性格も変わりました。
しかし、変わらない母と会話するには、
昔の「母と似た価値観」をもった自分に
戻す必要があったのです。
「母はこういう返事をしたら喜ぶだろう」と分かってしまうだけに、「昔の自分」を呼び起こすクセはなかなか治らず。
次第に「今の自分」とのギャップを感じ、
疲れるようになったのです。
疲れないための方法は「スルー」
母との会話が疲れる理由を書きましたが、
要は母のペースに飲まれていたのです。
今の自分を押し殺し、違和感を覚えつつも母の話に耳を傾け、話を合わせる。
こんなことをしていては、
母のペースに飲まれるのは当たり前です。
ペースに飲まれないようにするには、
適度にスルーする力が必要。
そう感じたわたしは、
ひとまず今日こんなことを意識してみました。
目線を合わせない
変だと思っても話を掘り下げない
自分のことを全て話す必要はない
1.目線を合わせない
目線を合わせないといっても、
ガン無視するわけではありません。
今まで100%で見ていた力を、
50%ぐらいに落とすイメージです。
しっかり目を見ると「興味を持ってくれた!」とロックオンされてしまうので、
それを回避するためという感じ。
実際に今日は、ズルズルと母の話に巻き込まれることは少なかったように思います。
2.変だと思って話を掘り下げない
母の話は主語が抜けていることが多く、
状況把握が難しいことがあります。
以前はひとつずつ「どういうこと?」と確認していましたが、
丁寧に聞こうとすると話が脱線したり、
会話を長引かせる原因となります。
そこで母が話している間は
基本あいづちのみとしました。
幸い母は、話を「うんうん」と聞いてもらえれば満足と感じているようなので、
お互いが気持ちよく、短時間で話を終えられる良い方法かもしれません。
3.自分のことをすべて話す必要はない
わたしは自分のことを、自分から母には話さないようにしています。
聞かれたときは答えますが、自分にとって差し支えのない内容にとどめるようにしています。
子どもっぽいかもしれないですが、わたしは自分のことを話したときに、母に反応されるのが苦手なのです。
母はわたしや姉など、娘に関することはなんでもポジティブに受け止めます。
一見良いことに聞こえるかもしれませんが、
ポジティブでないことまでポジティブに変換してしまうのです。
例えば、残業で深夜まで働いていた職場を辞めたときに母にかけられた言葉。
「残業代は稼げて良かったよね」
「大変な職場を経験したから、次の職場はそれほど辛いと感じないよね」
といった感じです。
世の中には残業代が出ない職場もあります。
たしかに手当がついた分、
わたしはラッキーでした。
でも体を酷使し、メンタルを壊しかけた職場のことを、まず「良かった」とは思いません…。
母にかかると、どんなことでも「母目線の解釈」でポジティブなものとなります。
その解釈を聞くとモヤモヤをくらいます。
母に説明して分かってもらうことは難しいので、それなら最初から自分のことを極力話さないのが良いと思い、この結論に至りました。
まとめ
今回はわたしが感じた母の毒と、そこから身を守る方法について考えたことを綴りました。
受ける毒の種類や何を毒と感じるかは人それぞれだと思いますし、
身を守る方法もいろいろあります。
物理的に距離をとる、第三者に聞いてもらう、分析してスルーの方法を考える…etc
毒を受けている人がどんな方法でも、少しでも生きやすくなれたら良いな、と思いつつ。
今日はこの辺にしておきます。
おわり