見出し画像

「歩くと健康になる」を考える

ちょっと前の記事になりますが、こんなニュースがありました。

年をとっても、歩くと健康になれる。日本でも「一日一万歩」を目指す健康法がありますが、その「正しさ」が、最新の研究によっても実証された。だからみなさん、年をとっても健康で居続けるためにしっかり歩きましょうという話です。

記事によると、「研究グループは昨年、AIを使った機械学習で年齢や性別、病気の有無など約40項目から健康寿命を予測する指標を開発」し、このAI指標を用いて、成人約4900人のデータを解析したそうです。これ、予測とか指標と言ってるのでややこしくなりますけど、基本はコホート的な観察研究がベースになっていると思うんですよね。指標っていうと二度手間感がありますが、実質的には、よく歩くグループとあまり歩かないグループを長期で観察すると、前者の方が(健康)寿命が長かったという話にほぼ等しいでしょう。まあ常識的というか、割とありそうな話。

僕は専門家、研究者じゃないので素人観測ですが、基本線そういうことであるとすれば、この手のよくある健康話って、因果関係が逆な気もします。

一方のグループは、歩いているから健康寿命が伸びたのではなく、1日9000歩歩けるほど健康な人々が可視化されただけかもしれない。

同様に、歩かないから健康寿命が縮んだんじゃなく、外で十分に歩けないほどフレイルな老人がたんに可視化されただけではないか。こういうふうにも考えられるわけです。

歩くから健康なんじゃなく、健康な人は歩けるっていう、ただそれだけのことを言うてるだけかもしれない。そうだとすると、まさに無というか、何も言ってないに等しいことになる。

健康で長生きな人は日々しっかり歩いてるから、ほら、皆さんも意識的に歩いた方がいいですよというのは、わからなくもないし善意なのは明らかなんですが、健康だからそれだけ歩けてるにすぎないって側面も結構あるはずで、「長生きのために毎日歩いてます!」という健気なアピールも、まあ無害ではあるんですけど、そこまで目的や意味を持たせるほどのことでもないのかなと、仮に意地悪になってみたくもなります。

9000歩っていうのも、巷でよくいわれる「一日一万歩」という健康法とほぼ数字としてかぶってますし、要は、世間的に認知された一般的で有名な健康法を実践できるくらい健康な人(弱っている人はこの健康法を実践できない)が可視化されただけなんじゃないか。


ちなみに、さっきの記事のリンク先では、

一日4000歩で十分な効果っていう話も紹介されているんですが、これは、日本じゃなくてポーランドの大学が、世界の約22万7000人を対象に行った調査から出した結論なんですね。2023年の研究。

一日一万歩っていうのは日本の「慣習」なので、世界では、これに近い健康習慣はあるのかと思い、試しにChatGPTに訊いてみるわけですが、

https://chatgpt.com/share/468e2a4e-c281-4cde-a6c2-514a092bcc55

世界的には、歩数よりむしろ具体的な運動の仕方にフォーカスされてるみたいで、それを歩数で換算すると、だいたい5000〜7000歩っていうのが世界的な相場として見積もっておけそうです。

健康のためには一日9000歩って記事の中に「いや4000歩でも十分ですよ」という別の記事があると、「いったいどっちなんだよ」とツッコみたくもなります。研究者は今後さらに調査を深めて、歩くことによる健康法の「解像度を上げ」て、着々と業績を積んでいくのかもしれませんが、しかし話はもっと単純なのではないか。

単純に、世界の各地域で、それぞれ受け入れられている健康法を実践できてる人とそうでない人を可視化してるだけではないか? 一日4000歩で十分という話も、「週に150分の中強度の運動=約5000歩/日」っていう一般的な健康法を実践できてる人と、そうでない人を振り出しただけのように見えてしまう。


別に歩くくらい健康にいいのは間違いないしリフレッシュもできるんだからそう意地悪にならないでやったらいいじゃないかという話かもしれませんが、それだったらなおさら大仰な研究をやってる正当性が不明ですし、またそもそも現代は、この手の健康情報が多すぎるんですよね。

「長生きしたけりゃ〇〇をやめなさい」「〇〇こそ最強のソリューションである」「世界のエリートが実践する最高の〇〇」みたいな。この手の健康情報の氾濫で日々認知リソースを消費し、さまざまな不安を喚起させられている現代の一般市民としては、生活の実践的な観点から、上述のように解釈して少しでもストレスの小さい暮らしを営みたい「誘惑」にも襲われる。

9000歩という話があったり4000歩という話があったりかなり幅があることを鑑みると、まだまだ科学的信憑性は低い。しかも、それらの数字が一般的な健康法の目安とかぶっていることを考えると、単純に、常識を再確認する、信念の自己強化プロセスをなぞっているだけにも見える。化石を埋めて掘り返して「すごい大発見だ!」と騒いでるような感じ、というか・・。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?