BL小説「月曜日の夜を、俺にください!」
社会人になってから月曜日の朝がこんなにも憂鬱だとは思わなかった。
会社へ出勤してしまえば、あとは金曜日の夜まで一気に駆け抜けてあっという間に時が過ぎることは分かっているんだけど。
「月曜日から午前様かよ……」
ゼネコン建設会社の社畜社員である俺、廣澤マオはアパートの部屋の鍵を開けて、真っ暗な玄関で靴を脱いだ。
いくら疲れていても、手洗いとうがいを忘れずにする。これは社会人として体調管理が仕事のひとつだからだ。スーツの上着を脱ぎ、ネクタイを緩めてベッドルームのドアを開けるまでが帰宅時のルーティンだ。
電気のスイッチを暗闇のなかで探り当てる手つきは慣れたもの。今年26歳になる俺はこの1Kアパートに新卒で入社したときから住んでいた。
パチッという音と共に部屋が明るくなる。
「うわっ!」
部屋が明るくなった瞬間にベッドの上で横たわっている人物がいたことに心臓が止まるほど驚いて大声をあげた。
「よう! 今夜も俺より遅かったな」
俺のベッドで勝手にスウェットを身に着けてくつろいでいるその男は鴨居リョウ だ。
「合鍵で部屋に入るのはいいけど、電気つけてて欲しいな……」
「えー、だってマオの可愛い驚く顔を見たいじゃーん?」
金髪でふわふわとしたパーマをかけ、イタリアでも通用するくらいの明るさと彫の深さを持つ見た目も発言もチャラっチャラのリョウは俺より15歳年上の41歳。青山で自分の店を構える美容師だ。
「俺んちなのに、全然くつろげないだろ、脅かされたら……」と俺は肩を落として天を仰いだ。リョウは寝ていたベッドから身を起こして座り直す。
「おいで?」
俺を見上げながら両手を広げるリョウに俺は疲労困憊の身体も忘れて疼いてしまう。
「うっ……、そんな顔されたら」
「ん? どうした?」
「……いや、シャワー浴びてくる」
「なんだぁ、マオ。癒してあげようと思ったけど、ヤル気満々じゃねぇか。望むところだぜ」
俺は「んなことねーし!」と照れながらリョウに背を向けて風呂場に向かおうとした。
「マオ、待って」
突然、リョウの体温を背中で感じた。後ろから抱き締めるのは反則だ。
「ちょっと! い、一日じゅう外の現場だったから匂うし」
「匂うから、なに?」
リョウはわざと俺の首筋に高らかな鼻先を滑らせた。
「んっ、もう、カリスマ美容師さんのリョウくんみたいに、いつもいい匂いでいられないから」
「関係ねぇだろ。マオの匂いだから好きなの。それでもダメ?」
俺の首筋の匂いを嗅ぎながらリョウは唇を押し当てている。
これが俺の月曜日の夜だ。
月曜日の朝はとてつもなく憂鬱なのに、俺は月曜日の夜が来るのを心待ちにしていた。
なぜなら、俺の恋人であるリョウが部屋に泊まる唯一の夜だから。
「明日は火曜日か」
「マオはいまやっと気づいたの?」
俺は首を横に振った。
「リョウくんとこうしてくっついてると嫌な月曜日が終わったんだなって思って」
「最高だろ? 俺が恋人で」
「……リョウくんだって毎日立ち仕事だし、たくさんのお客さんと接して忙しいのに、なんでそんなに元気なの?」
俺は気づいていた。すでに彼自身の一部が熱く俺の身体に押し当てられていることを。
「うーん、そりゃあ、マオの若い生き血を毎週吸ってるから」
「……吸血鬼かよ」
リョウは軽く歯を立てて俺の首筋に噛みついて吸血鬼の真似をしたあと、中途半端に緩んでいるネクタイをするすると解いた。
それからひとつひとつワイシャツのボタンを外し、手のひらで俺の胸を弄った。
「んっ、リョウくんっ、俺、明日も朝6時には家を出て会社に行かなければならないの……」
「大丈夫、大丈夫、マオはベッドに寝てるだけでいいから」
そう言ってリョウは執拗に胸の突起を指で撫で回しながら俺の首筋を吸い続けている。
「どういうことよ……、寝てるだけにならないよね? こんなことされたら」
リョウは「まぁ、確かに」と言いながら俺のベルトを緩めて、スラックスを床へ落とした。
「こっち向いて、マオ」
「……リョウくん」
恋人がキスしようとしてるのに、明日遅刻しませんように、なんて思う俺はやっぱり社畜確定している。恋人との夜まで、翌日の仕事への支障を考えているなんて。
「ねぇ、マオ。そんなに明日が心配?」
「えっ? なんで?」と俺は心が読まれたと咄嗟に目を逸らしてしまう。
「だって全然、俺に集中してないじゃんか」
リョウが悲しそうな表情で俺の瞳を覗き込んでいる。
「だって、リョウくん、いっつも歯止め効かなくなるし」
「月曜日の夜しか会えないから、その日くらいはマオを独り占めしたいじゃん」
きっと俺は戸惑った表情をしていたのかもしれない。リョウは俺をベッドに荒々しく押し倒して覆い被さった。
「……休みが合わないのは、最初から分かっていたけど。曜日にまで嫉妬するくらいマオのこと好きになっちゃったんだもん」
ずるい、リョウはずるいよ。
そんな捨てられそうな子犬のように涙目を作るなんて。
「もうっ……、あんまり激しくしないでよねっ!」
「えーっ? だってもっと激しくして! っておねだりするのは、マオのほうじゃんか」
そう言って意地悪な笑顔を作って、唇を重ねた。
このまま月曜日の夜が続けばいいのに、と毎週思ってしまう。二度とこない火曜日の朝。
いや、火曜日に有休を申請すれば、一日じゅう彼といられるんだよな。ドブに捨てていた有給休暇。これからは彼のために使えばいいのか。
「なぁ、マオ。俺も土日に休めるように調整していい?」
「え? 指名が三か月待ちのカリスマ美容師なのに?」
「だからマオも土日出勤するまで働かないで……」
今夜のリョウは俺の中に入ったあと、ずっと留まっている。動かずにいろんなところへ愛撫やキスを繰り返していた。
「もしかして、俺がさっき激しくするなって言ったから、動かないの?」
「……んー、月曜日の夜はこういうのもアリかなって」と言ってからリョウは舌で自分の唇をペロリと舐めた。「もしかしてマオは煽ってる? さては俺に動いて欲しくなったんだろ?」
俺の生き血を吸っているリョウはやっぱり優しいだけでは終わらない。
さんざん嬌声を上げるはめになった俺は、きっと明日の電話にかすれた声で出ることになるだろう。
「……まぁ、のど飴を買う、火曜日の朝も悪くない」
火曜日の朝を告げるアラームまで、あと何時間だろう。
彼と一緒にいられる時間、そのときだけはリョウの全てで俺はありたいと誓った。
(おわり)
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