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三日間の箱庭(33)攻防戦(1)

前話までのあらすじ
 ついに、4日目への実験を行う5月28日がやってきた。
 28日の朝5時、世界に向けた会見を終えた藤間綾子は、その足で宮崎に向かう。
 だが、クラムシェルも宮崎に集結すると予想された。それは、浜比嘉青雲を襲撃するためだった。
 クラムシェルは宮崎に何があるか、まだ知らない。

 日本警察とクラムシェルの攻防、ファーストラウンドは情報戦。
 セカンドラウンドは、どうなるのか?
 


■攻防戦(1)
 5月28日、午前8時、那覇空港。
 浜比嘉は前回と同様、沖縄県警の警護の元、那覇空港に到着していた。前回と違うのは、搭乗券を取る必要がなく、VIP用の通路を使っているということだ。

「うん、これならクラムシェルの連中も手出しできねぇな!安心安心!」
 浜比嘉は隣を歩く警官にねぎらいの意味も込めて声を掛けた。
「はい、我々も宮崎空港までご一緒しますし、そこからは宮崎県警が引き継ぎますから、どうぞご安心ください」
「うん!ありがとう!」

 浜比嘉の声は明るかった。

 5月28日、午前8時、沖縄県警本部屋上。
「おかしい、クラムシェルの連中、まったく動いてない。那覇空港までクラムシェルの追尾ゼロ、空港内の動きも認知ゼロ」
 前回クラムシェルが使用した周波数を傍受していた田尾がつぶやく。
「おい青山、他の電波はどうだ?怪しいのはないか?」
 田尾が部下の青山に声を掛ける。
「いえ!まったくありません。こないだはかなりの通信量でしたから、あれば逃しませんけど」

「ああ、やっぱりおかしい。ここから考えられる状況は、ふたつか」
 青山が先んじて応える。
「ひとつは、クラムシェルが浜比嘉教授襲撃を諦めた」
「ああ、そしてもうひとつ」
「もうひとつは?」
 田尾が言葉に力を込める。

「浜比嘉教授がどこに行くか、やつらは既に知っている」

 青山が言葉を失う。

「よし!本庁繋げ!今押さえてる全国のクラムシェルの状況を確認する!」  
 青山の指がコンソールを跳ねた。


 午前9時、東京都某所会議室。情整トップ、本間の声が響く。
「情報収集状況まとめ、相沢君!リポート!!」
 指示を受けた相沢は即席のプレゼンテーションを展開し、ぶっつけの報告に臨んだ。
「・・以上のように、東京以西でクラムシェル要員の活動が活発化しています。東京は黒主来斗の関連と思われますが、それ以外の地方、名古屋、大阪、福岡など、特に大都市圏のクラムシェルの動きに共通点がみられます」
「共通点とは?」
 警察庁長官が先を促す。
「収集した情報を元に洗い出したクラムシェル要員を追尾した結果、主要メンバーが率いる部隊とみられる集団が、南下しております」
「南下?」
「はい、福岡の動きから、目的地は宮崎と推定しています」
「なんだと!」
 警視総監が声を上げる。
「教授たちの目的地が、ヒムカの所在地が漏れていると言うのか?」
「はい、沖縄の情報収集部隊からの速報で、浜比嘉教授の追尾がゼロであるとご報告しました。これは、クラムシェルが陸路で宮崎に集結しているからではないかと推定しています」
「沖縄だと空路か海路か、どちらにせよ動いた時点で押さえるのは容易い、沖縄のクラムシェルに宮崎集結は難しいということか。それが分かっているから、動かない」
「そう推定できます」
 すかさず本間が具申する。
「東京はまず黒主来斗のマークを厳とし、すぐに九州各県に機動隊出動の通達を!警視庁には精鋭部隊の宮崎投入を具申いたします!長官、総監!!よろしいですね!」
 警察庁長官、警視総監、日本警察のトップが揃ってうなずいた。
「相沢君!関係各係に情報共有!あのふたりの刑事にもだ。黒主来斗に張り付いている」
「はっ!直ちに!!」

 日本警察とクラムシェル、攻防戦の第一幕が幕を開けた。


 5月28日、午前10時半、宮崎市内。
 浜比嘉を乗せた宮崎県警の警護車は、空港を出るとバイパスを経て国道10号線を北上していた。そして警護車の数キロ圏内に、情整の情報収集部隊が展開していた。車両による遊動部隊である。そのうちの1台がクラムシェルの通話を捉えていた。

「有馬さん、これでしょ?沖縄と近い周波数の、このピーク」
「あ~ん?そうだなぁ、やっぱアンカバーか。芸のない連中だわ」
 電波のピーク電力が表示されたモニターを眺めながら、有馬が傍受を開始する。
「オッケービンゴ!!沖縄とおんなじ隠語使ってやがる。これに間違いない。山田車に共有!固定部隊に本庁報告依頼出せ」

 宮崎県警本部に拠点を構えた情整固定部隊は有馬車の報告を受け、送られた情報を分析する。
「沖縄より通話量が極端に少ないが、Hという隠語が共通している。間違いないな。警護車からの報告では、追尾している不審車両は見当たらないようだ。距離を置いているのか、一端警護車を止めて、通話の変化を見よう」
 情整部隊長の木本が県警に指示を伝える。
「警護1了解、最寄り駐車場に入ります」
 警護車が休憩を装ってコンビニの駐車場に入り、わずかな時間停車する。
「通話認知!内容“Hストップ”、警護車の停車を伝えている模様。今通り過ぎたヤツがそうだ!」
「警護1了解、容疑車両視認しました。グレーのマツヤマCx3、4名乗車、ナンバー不明」
「有馬車了解、先行山田車、了解か?」
「山田車了解、マツヤマCx3、グレー、後方より接近中。あ、停車しました!ナンバー宮崎500せ****」

-上手くいった、だが沖縄の状況を考えればクラムシェルの追尾が1台とは考えられない。簡単すぎる。

 木本の頭に疑念が膨らんだ。
「沿線各員に指示をお願いします!警護車の前後で停車中の車両、私の合図で動き出した車両をマーク!」
 木本の指示は県警が配置した覆面パトカーと沿線に配置された警護要員に伝えられた。
 山田車から報告が入る。
「Cx3の通話認知!内容は“ウェイト”のみ」

-やはりか。よし!

「警護車、移動開始!警護要員は私の合図を待て!」
 山田車の報告。
「通話認知、内容!“Hムーブ”のみ!」
「今だ!動き出した車両をマーク!」
 木本の作戦によって、新たに5台の不審車両があぶり出された。マツヤマCx3を含め6台である。木本は宮崎県警警備部長に、クラムシェルの制圧を申し出た。
「部長、警護車は西都市に向かっていますが、このまま追尾させるわけにはいきません。最終目的地を知られるからです。それに、この6台のクラムシェルがどこで仕掛けてくるか分かりませんし、追尾の他に襲撃部隊の存在も考えなければ。それと、宮崎に向かっているクラムシェルも、各県警機動隊に宮崎入りを阻止するよう指示をお願いします」
「分かった。すぐ各県警に連絡しよう。それと、この6台の制圧地点は、国道10号から分岐する、ここだ」
 制圧地点は、北上する国道10号と西都市に向かう国道219号との分岐点の手前に決まった。あらかじめ近辺に配置されていた宮崎県警機動隊が向かい、対象車両を待ち受ける。

 そこに、マツヤマCx3が近づいてきた。

 道路を封鎖する機動隊車両に気付いたのか、Cx3はスピードを落とす。
 有馬車から緊急情報の報告が入った。
「通話認知!緊急緊急!!対象は銃火器所持、戦闘を開始する模様!!」
 木本が叫ぶ。
「情報共有!対象は銃火器所持、銃撃戦に備え!!」

 情報は瞬時に警護車と機動隊に伝わる。機動隊隊長は銃器の使用を許可、機動隊員は盾を構え、腰を落として身構えた。Cx3がスピードを上げる。助手席から自動小銃が突き出され、隊員に向かって乱射してきた。正面から突破する考えだ。隊員たちも銃撃で応戦するが、突っ込んでくる車には敵わない。
「前列待避!装甲車両前へ!!」
 隊長が叫ぶと同時に前列隊員が退き、装甲車がCx3の行く手に立ち塞がった。状況を理解したのか、Cx3はドリフト音を轟かせながら装甲車に平行して止まり、車を後続する警護車に向けた。警護車に突っ込む意図が見て取れた。
「各員発砲を許可!警護車に向かわせるな!!」
 機動隊員の銃撃でCx3の後部ガラスは割れ、そこから自動小銃の乱射が始まった。
 山田車が更に情報を捉えた。即座に報告が入る。
「通話認知!Cx3とは別の車と推定!全車で警護車を包囲、銃撃する模様!!」
 警護車に、Cx3含め6台のクラムシェルが迫っている。
「装甲車2台回頭!警護車に向かえ!!」

-だめだ、間に合わん!!

 隊長がそう思った瞬間だった。頭上に轟音を響かせて、自衛隊輸送ヘリが現れた。

「あれは、新田原基地からか、自衛隊、来てくれたのか」

 輸送ヘリは轟音と爆風でクラムシェルを威嚇し、更にヘリの開口部から射撃している。
「総員!ヘリの着陸を援護、一斉射撃!!」
 輸送ヘリからの射撃と機動隊の一斉射撃でクラムシェルの6台はそれ以上警護車に近づくことが出来ない。その隙に輸送ヘリはクラムシェルと警護車の近傍に着陸した。
 輸送ヘリの胴体が開き、そこから走り出してきた部隊は即座に精確な射撃でクラムシェルの車両を撃ち抜く。その制服は警視庁精鋭部隊、SATだ。上空からの射撃もSATによるものだった。

 自衛隊は日本を守る最後の砦と言える。しかしその備えは常に災害と外国の脅威に対するもので、国内の治安維持は警察の仕事だった。だからこそ、クラムの過激派案件にも自衛隊は関与できない。しかし、警察官の輸送だけならば可能。
 防衛省トップの決断だった。

 クラムシェルの車両からも銃撃が続く。SATに劣らぬ精確な射撃だった。やはりクラムシェルの要員にその道のプロが関与していることは間違いない。だが、SATと機動隊に囲まれては、いくらクラムシェルが手練れでも勝ち目はなかった。6台の車が警護車を囲んではいるが、防戦一方だ。
「くそっ!くそっ!!お前ら援護しろ!!」
 クラムシェルのひとりが銃撃の隙を突いて車に乗り込み、アクセルを踏み込むと警護車の横っ腹に突っ込んだ。衝撃で警護車のバックドアが開く。
「開いた!誰か突っ込め!!浜比嘉を殺せ!!」
 運転席から叫ぶ声に押され、ふたりのクラムシェルがわずかに開いたバックドアの隙間から銃を乱射する。しかしふたりはSATにとって格好の的になった。

「あー!あーー!!」

 車で警護車に突っ込んだ男は仲間が撃たれるのを目の当たりにし、逆上して運転席から飛び出した。そして警護車のドアに銃撃を加え、こじ開ける。

「はーまーひーがーーっ!!」
 そこに、浜比嘉の姿はなかった。

「は?なんで?なんで浜比嘉いない?」
 警護車は、浜比嘉を乗せているように偽装していたのだ。
 浜比嘉に背格好の似た警察官まで用意して。
「俺たちは、最初から騙されていたのか」
 男は銃を下ろし、天を仰いだ。
 後ろを見ると、仲間たちはすでにSATと機動隊に囲まれている。
 攻防戦第一幕は、幕を閉じた。


つづく


予告
 宮崎空港、駐車場に停車した観光バス。そしてマイクロバスが2台。
 そこには、浜比嘉青雲の姿があった。
 警察のおとり作戦。その全容はどのようなものだったのか?そして浜比嘉に同行している者たちの顔ぶれは?

 日本警察とクラムシェルの攻防戦は、まだ続く。
 

おことわり
 本作はSF小説「三日間の箱庭」の連載版です。
 本編は完結していますから、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。
 字数約14万字、単行本1冊分です。

SF小説 三日間の箱庭

*本作はフィクションです。作中の国、団体、人物など全て実在のものではありません。

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