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本当の自分を伝えるべきか問題

夏休み、ドラマを見て過ごしております。暑すぎて外に出られないので、家でじっと涼しくなるのを待っています。

ドラマの中の話ですが、本当に愛する人に出会った時、「本当の自分を見せよう」と勇気を振り絞る場面がありますよね。隠していたことを打ち明けたり、自分の素の姿を見せたり。

きっとこの人なら受け入れてくれるとか、この人に嘘をつき続けてはダメだとか、全てをさらけ出す必要がある…とか。二人の誠実な関係のためにはそのプロセスが必要みたいで、3〜4話目あたりによく出てくる(見ているドラマの系統がバレちゃうな)。

そして、本当のことを知っても何も気にしていない素振りの相手を見て、一気に恋が加速するわけです。

私は感動的なシーンは自動的に号泣してしまうので、おいおい泣きながら見るわけですが、一方で頭の中では「それ、言う必要あるのか???」となっています。

実は貧乏とか、実は過去にいじめられていたとか、過去に不倫していたとか、実は両親とは血がつながっていないとか、実はすごい性格悪いとか…。

私たちの過去は私たちだけのものであり、誠実であるために全てを相手に伝える必要ってあるのだろうか。伝えないと、この恋は本物にはならないのだろうか。

そんなことを思うのです。

私は平野啓一郎さんの分人主義という考え方が好きで、「本当の自分」が存在するというよりは、私たちは相手に合わせて「その人に対する自分」が存在すると考えています。

ドラマの中で、主人公は好きな人と出会い、「その人に対する自分」が育っていきます。そして、それは他の人に見せる自分とは違うのです。過去の関係においては、もうその時の自分(過去関係があった人に対しての自分)は存在しないのです。

それを、誠実であるために、過去も今もひっくるめて、全て相手に見せろというのは、暴力的ではないかなと。相手にとっては関係ないことじゃないかなと。

そんなツッコミを入れながら、しっかり泣き、笑い、ドラマを見続けているのでした。私を楽しませてくれた全ての作品に感謝。

平野さんの分人主義はこちら。

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2024年のテーマは、やめるまで楽しむこと。手放すことを恐れず、その瞬間までを楽しめばいい。そんなハマダのこだわり記事はこちらに収めます。


人と人とのアイダにも収録


ハマダユイ
ソーシャルワーカー12年目。大学教員をやりながら、相談室バオバブで個別相談を受けている。精神疾患にまつわる悩み事、家族のこと、人間関係のこと、仕事のこと…。いろんな人と一緒に作戦会議を開く毎日。

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