『PERFECT DAYS』の二次創作
※もちろん本編のネタバレがございます。
ヒラヤマ:(小鳥のさえずりを聴きながらニコニコしている)
ニコ:おじさん。
ヒラヤマ:わ。・・・・・・ニコか? 大きくなったなあ。
ニコ:映画で会ったじゃん。
ヒラヤマ:ああそうか。・・・また家出か?
ニコ:今日は休み。
ヒラヤマ:そうか。コーヒー飲むか?
ニコ:うん。
ヒラヤマ:(家の前の自販機で「BOSS カフェオレ」を買い、ニコに渡す)
ニコ:ありがとう・・・あ。
ヒラヤマ:ん、別のがよかった?
ニコ:これさ、『カラオケ行こ!』にも出てきたんだよね。
ヒラヤマ:えー・・・なに、その、お店?
ニコ:お店じゃないって(笑)。映画。でもカフェオレは子供のほうが飲んでさ。剛くんはブラック? 飲んでた。
ヒラヤマ:剛くんって、同級生?
ニコ:違うよ、剛くん。綾野剛。
ヒラヤマ:あー、やのごう、君。・・・ふぅーん。
ニコ:伯父さんも映画になって、すごいね。
ヒラヤマ:どうだか(苦笑)・・・。
ニコ:だって、大評判じゃん。
ヒラヤマ:まあ・・・わかんないな。(と缶コーヒーをいじりながら)
ニコ:きっとさ、いろんな清掃会社の人が「ヒラヤマさんみたいに働こう」って言いだすかもしれないよ。それって。すごいよね。
ヒラヤマ:ああ、クソだな。
ニコ:・・・ん? なに?
ヒラヤマ:ああ、クソだな。って言ったんだおじさん。まあ最悪、ヒラの人間が言うのはいいよ。問題は少しでも上に立ってる奴が言ったときだよね。手当もベ(ース)ア(ップ)もする気なく「ヒラヤマさんのように」しっかり仕事を。とか言って来たら、それは殴っていいよ。
伯父さんが保証しよう。
ニコ:おじさん怖い。
ヒラヤマ:そうか? ・・・ごめんな。ニコに言ってるわけじゃないからさ。
ニコ:でも、本当にヒットしてよかったよね。あれ、渋谷のトイレをキレイにした人たちがはじめた企画なんでしょ?
ヒラヤマ:ああ、クソだな。
ニコ:クソ、なの?
ヒラヤマ:ああ、僕が毎日こそげ落としてるクソのようにクソだよ。渋谷区の公衆トイレを著名建築家やクリエイターにデザインしなおしてもらった、新しい公共の提案。清掃員も専用で雇ってる。それはいいけど、渋谷の再開発でホームレスを追い出した事実を、田中泯の存在感でごまかせるわけじゃない。
ニコ:ごまかそうと、してるのかな。
ヒラヤマ:ああ、クソだからね。ああいう奴らは、裏方と嘯いて自分が世界の主役さ。さしてメディアに出ないから、スキャンダルもない。横のつながりも強い。奴らの居心地のいいように世界は作られていく。そのぶん僕は目に焼き付けるようにしてる。奴らの顔、顔、顔をね。そして毎晩の睡眠でその像を再生するのさ。モノクロのコラージュにして。
ニコ:でもあの人たちも、伯父さんのことはとっても好きみたいだけど。
ヒラヤマ:ああ、クソだな。ニコに言ったね「この世界には、つながっているように見えてもつながっていない、いくつもの世界がある」って。
ニコ:うん、聞いた。お母さんと伯父さんの世界とか。
ヒラヤマ:つまり僕は、彼らにとって ”つながっていない” ある ”美しい” ”世界” なんだよ。
ニコ:そうなんだ。
ヒラヤマ:そうじゃないんだ。
ニコ:なんなの?
ヒラヤマ:だって僕は毎日しっかりルーティンをこなして、仕事を休まない。給与に文句も言わず、ヒゲを整え、清潔感があって、毎日文学の薫り高い本を読む。父と仲違いしなければ、彼らと同じ世界にいたかもしれないけれど、政治と社会階層の興味をあえて捨てた人間・・・。
つまり、攻撃性のない人間。いわば、話の通じる人間。結局は、都合のいい人間なんだよ。
ニコ:都合の?
ヒラヤマ:もっと言うと、糸井重里から蔑視されないギリギリのラインってことかな。
ニコ:そういうものなの。
ヒラヤマ:ああ、クソだな。彼らは「ヒラヤマ」が「ヒラヤマ」であることを喜ぶ。でも「ヒラヤマ」から何を抜くと「ヒラヤマ」でなくなるのかまでは、どうやら考えていないんだ。
ニコ:そういうものなの。
ヒマラヤ:エベレストみてぇなもりもりうんこ。
ニコ:やめてよ。
ヒラヤマ:ほらね。
ニコ:え? なにが?
ヒヤマラ:ひえひえおちんこ。
ニコ:サイテー。
ヒラヤマ:ね。そういうことさ。
ニコ:なにが起きたの?
ヒラヤマ:(通っていく猫を眺めてニコニコしている)
ニコ:ねえ。
ヒラヤマ:つまり、もし寅さんがマドンナとパツイチしてしまったら、そこでお話は終わりってこと。もしヒラヤマの鉢植えに大麻草が紛れていて、自家製CBDを週末に楽しんでいたら、それはヒラヤマじゃない。
ニコ:そんなの伯父さんじゃない。
ヒラヤマ:もし浅草の飲み屋に行く途中、地下道の「アダルトDVD」安売棚で足を止め見入ってしまったら、それはヒラヤマじゃない。
ニコ:あそこはちょっとスリリングだった。あ、タカシさん?がバイト辞めたときはすんごい怒ってたよね。あれは?
ヒラヤマ:あれはおじさんなんだ。役所さんもパンフのインタビューしてる人も、意外がってたけどね。おじさんの生活はぐらぐらの上に立っているんだよ。パワートゥーザピーポー。
まあ簡単にいうと、ヒラヤマがなにか欲望を持ってるように見えると、あんまり愛せなくなるだろうね。
ニコ:そういうものなの?
ヒラヤマ:ヒラヤマという人間を愛しく思う、そのときの「人間観」ってな、どれほどのものなんだろう。人を愛するとは・・・。
ニコ:そういえば伯父さん、おじいちゃんの面倒をお母さんに全部・・・。
ヒラヤマ:ゴホッ。ゲフンゲフン。
ニコ:大丈夫!? ひどい嘘咳じゃない。
ヒラヤマ:ごめんよ、都合が悪いと止まらないんだ。
ニコ:伯父さん、嘘咳で虚死する前に言い残すことはある?
ヒラヤマ:ああ、ちいかわだな。
ニコ:ちいかわ好きー。何が? 何がちいかわ?
ヒラヤマ:僕がさ。
ニコ:伯父さん、ちいかわなの。どこが?
ヒラヤマ:伯父さんは2巻くらいまでの内容しか見てない。でもちいかわって、あれ、低賃金労働者だろ。
ニコ:たしかお給料がTOPPARAIだった気はするけど・・・でも可愛いからOK。
ヒラヤマ:そう、可愛いからOK。顔に労働階級は出てない。ぬいぐるみもポーチも「低賃金労働者」のレッテルは貼らない。そもそも可愛いっていうのは、こちらの立場を陥れない存在ってことが前提だしね。僕もそうだ。
ニコ:そうなの?
ヒラヤマ:そして僕たちはちいかわ達の、日々の一喜一憂に心を揺さぶられるんだ。
ニコ:そうそう。「・・・おいしい、ネッ?」「ウフフ・・・」。
ヒラヤマ:おいしいなあ。いい湯だなあ。いい曲だ、いい朝日だ、んふふ・・・。
ニコ:おじさん、ちょっとかわいい~。
ヒラヤマ:(洗濯物からたちのぼる水蒸気を見てニコニコしている)
ニコ:ほわほわ~。
ヒラヤマ:この国の為政者は何やってんだよ! 出てこい! でかぶす!
ニコ:落ち着いて。ちいかわの対義語はでかぶすなの? 現代にそぐわないわ。
ヒラヤマ:ああ、クソだな。ごめん。
ニコ:ちいかわは楽しいマンガよ。むりやり政治に結びつけないで。
ヒラヤマ:おいおい、クソだな。伯父さんね、駅前でワンカップ飲みながらこうやって叫ぶのも日課なんだぜ。
ニコ:嘘、そんなシーンどこにもなかったくせに。
ヒラヤマ:そりゃあ映画監督はエディトリアル・アーティストだからね。うまく摘まんでくれたけど。
ニコ:カットされてたってこと?
ヒラヤマ:そうだよ。政治にはモノ申す。小料理屋のママにインテリって言われちゃったし・・・。
ニコ:たし、何? あっ、あれだっけ桐島聡のこと?
ヒラヤマ:おっ。よく知ってるなあ、ニコは。
ニコ:おじさんと生活がそっくりだったって。あの人、何したの?
ヒラヤマ:爆破事件だな。何件も爆破したよ。ところでニコは『夜明けまでバス停で』って映画はみたかい?
ニコ:しらない。
ヒラヤマ:女の人が、コロナ禍で居酒屋を解雇されて、寮も追い出されて、次の住み込み先もコロナで内定取り消しで、とうとうホームレスになる話なんだけど・・・。
ニコ:なんか見たくないな・・・沈むー。
ヒラヤマ:でもニコ、おじさんはコロナ中、何してたと思う?
ニコ:え? なにしてたの?
ヒラヤマ:ひ・み・つ。で、その女の人はホームレスのコミュニティで「爆弾」って呼ばれてる人に出会うんだ。むかし交番を爆破したんだって。
ニコ:やば。
ヒラヤマ:そこで取り出されるのが『腹腹時計』。
ニコ:なに?
ヒラヤマ:むかしこっそり出版された、爆弾のレシピ本だよ。
ニコ:やば。
ヒラヤマ:もちろん、桐島聡もこの本のレシピで爆弾を作った。というか本を出したのが東アジア反日武装戦線の狼班で、桐島はさそり班に入ってたからね。
ニコ:なんか赤字シートなかんじ。わかんないワードばっかよおじさん。
ヒラヤマ:つまりね、おじさんの映画がコロナ禍の困窮をはじめ社会上層の責任というものをさっぱり思い出させないツラなのに対して、『夜明けまでバス停で』はそこをテーマにしてる映画なんだ。
そして二本を、腹腹時計と桐島聡が飛び石でつないでくれているんだよ。
ニコ:それってうれしいのかな。
ヒラヤマ:おじさんもインテリげんちゃんとして、社会の上層が格差を維持し、既得権益を手放さない法整備をする、その構造悪を暴かなければと思うわけです。
ニコ:それはいいけど、「インテリげんちゃん」は糸井さんが作ったコピーって書いてあるよ。
ヒラヤマ:アッ、また糸井か。この野郎。
ニコ:つまり・・・
おじさんみたいな、低所得層でも教育水準は高くて思弁やふるまいに上流階級の共感も得られるラインの人物
それでいて自分の得ている賃金や社会的報酬に文句もいわず、「足るを知る」を実践しているような都合のいい人間を
「美しい」人間とだけ呼びなして
愛でて、
憧れて、
自分もそんな人の精神をなぞったような気持ちになって、現実の諸問題を一顧だにせずすませる、忘れさせる、一服の清涼剤となるような鑑賞体験を、
もし得たいのなら
それはこのうえない「娯楽映画」ではあるのでしょう。
とでもいいたいわけ?
ヒラヤマ:そう、そう。あー・・・そう。すごいなニコは。
ニコ:ふつうにみてふつうに面白い映画なのに。おじさんも、いろんなこと考えて大変なんだね。
ヒラヤマ:まったく、クソだよ。伯父さんの仕事がトイレ掃除だけに、ね。
ニコ:今さら?
ヒラヤマ:(ニーナ・シモンを脳内再生してニコニコしている)
※ヒラヤマおじさんによる戦後新左翼セクト講座は、あまりに不勉強なので諦めます。