触れる手
これはとある映画を観た事で思い起こされた、私の幼少期の記憶だ。
私は幼少期のある期間、睡眠中に起こるある出来事に悩まされていた。
ある出来事というのは、誰かが私の体を触ったり、引き出しを開けるガタガタといった音を聞いたり、誰かが飼っている猫に話しかけたりしている声を聞くといった、まるで心霊現象のようなものだった。
私はまだ幼く、自身に起こっている現象の正体が分からず、怯えて母に相談した。
母は発達障害と併発した睡眠障害を持つ私のために色々と調べてくれ、私に起こっていることは「睡眠関連幻覚」という症状だということを教えてくれた。
私はおばけの仕業でないことに胸を撫で下ろした。
そして、当時睡眠の問題で通っていた病院で「気持ちの落ち着く薬」をもらい、毎日飲むことで症状は少しずつなくなっていった。
それから十数年が経ち、私は大人の女性になっていた。
まだ発達障害や睡眠の問題には度々悩まされており、定期的に病院に通う日々だった。
そんなある日夢を見た。それは子供の頃の私の部屋の中に自分がいて、眠っている幼い頃の自分を眺めているという夢だった。
初めはぼうっと幼い自分を眺めていたが、やがて当時飼っていた猫がこちらに近づいてきた。
私は懐かしくなって猫の名前を呼び、当時のことなどを猫と話した。
目が覚めると私は現在の自身の部屋におり、仕事の時間まで一時間を切っていた。
しまった。寝坊だ。
急いで身支度を済ませ家を出る。
また翌日夢を見た。昨日と同じ子供の頃の私の部屋の中に自分がいて、眠っている幼い頃の自分を眺めているという夢だ。
今度は部屋に猫はおらず、代わりに蚊が飛んでいた。
蚊は幼い私のふくらはぎにとまったかと思うとそのまま血を吸い始めた。
私は咄嗟に右手で蚊を叩き潰した。
幼い私の体がビクッと震える。私はなぜかしまったと思った。
しかし、幼い私が起き上がることはなく、そのまま眠っている様子をみて私は安心した。
そのまた翌日も夢は変わらなかった。
相変わらず私は部屋に立ち、幼い私は眠っている。
そこで私は懐かしさから、少し当時の自分の持ち物を観察してみた。
ランドセルの中でくしゃくしゃになったプリント。お気に入りだったクマのぬいぐるみ。
そして机と引き出しの間に隠した引き出しの鍵で秘密の引き出しを開ける。
中には懐かしいキャラクターのキラキラシールや、友達からの手紙、お泊まり会への招待状などが入っており、私をよりいっそう懐かしい気持ちにさせた。
そんな日々は流れ、次第に私はその夢をみることはなくなった。
今となってはもう孫もいる。おばあちゃんだ。
そんな私がこの出来事を思い出したのはとある映画がきっかけだった。
過去の自身に起こった出来事は、すべて未来の自分が起こしたことだったと言う話だ。
この映画を見て、私は決定的なことを思い出したのだ。
私が蚊を叩き潰したあの日、叩かれた感触を感じたあの日、確かにベッドの足元に潰された蚊が転がっていたことを。
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