僕の好きな詩について。第四十七回 渋沢孝輔
お久し振りです。僕の好きな詩について好き放題言うnote、ひっさしぶりの第47回は、明治大学の教授だった詩人かつ仏文学者、渋沢孝輔氏です。カッコいいです。
ではまず詩をどうぞ。
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ついに水晶狂いだ
死と愛とをともにつらぬいて
どんな透明な狂気が
来たりつつある水晶を生きようとしているのか
痛いきらめき
ひとつの叫びがいま滑りおち無に入ってゆく
無はかれの怯懦が構えた檻
巌に花 しずかな狂い
ひとつの叫びがいま
だれにも発音されたことのない氷草の周辺を
誕生と出会いの肉に変えている
物狂いも思う筋目の
あれば 巌に花 しずかな狂い
そしてついにゼロもなく
群りよせる水晶凝視だ 深みにひかる
この譬喩の渦状星雲は
かつてもいまもおそるべき明晰なスピードで
発熱 混沌 金輪の際を旋回し
否定しているそれが出逢い
それが誕生か
痛烈な断崖よ とつぜんの傾きと取り除けられた空が
鏡の呪縛をうち捨てられた岬で破り引き揚げられた幻影
の
太陽が暴力的に岩を犯しているあちらこちらで
ようやく 結晶の形を変える数多くの水晶たち
わたしにはそう見える なぜなら 一人の夭折者と
わたしとの絆を奪いとることがだれにもできないように
いまここのこの暗い淵で慟哭している
未生の言葉の意味を否定することはだれにもできない
痛いきらめき 巌に花もあり そして
来たりつつある網目の世界の 臨界角の
死と愛とをともにつらぬいて
明晰でしずかな狂いだ 水晶狂いだ
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作者は仏文学者でランボー全訳を上梓しており、萩原朔太郎に傾倒し、象徴派詩人の蒲原有明の研究も熱心で、そのあたりの融合がこの独特の硬質さを生み出しているのでしょうか。「水晶狂い」が収められているのは1971年刊行の第3詩集『漆あるいは水晶狂い』で、この詩はその詩集の掉尾を飾る作品です。(だから「ついに」で始まるのですね)『漆あるいは水晶狂い』をここまで読んできたとき、身震いするほど興奮しました。カッコよすぎて。
僕の現代詩の遍歴はここから始まりました。この詩集をアマゾンで買って、震えてから、僕の現代詩狂いは始まり、そこから明治大学の渋沢氏の生徒だった広瀬大志さんの詩集をすべて集め、自分の詩の傾向もがらりと変わっていったのです。そして、人生も一変しました。このあたりのことは近々別のマガジンのnoteに上げるつもりです。有り体に言いますと、離婚して再婚して子供に恵まれて同人誌の編集長になってNPO法人の代表理事になりました。それもすべて詩集『漆あるいは水晶狂い』がスタートと言えます。
ところで、カッコいい詩人・詩・詩集、というものは、カッコいい小説や映画、音楽に比べて、実はそんなに多くないように思います。どちらかというと詩は美しいものや悲しいもの、不思議な印象のものが多く世に残る傾向にあるのではないでしょうか。現代詩は詩人の内面の発露の部分を必ず持っていて、作者の数だけ千差万別でこれといった共通点が無いことが共通点ですが、(少なくとも21世紀の日本の)詩人の精神面はコモディティ化が進んでいるようです。確かに最近の詩は、流行り廃りこそあれ、それぞれ違う性質を持つのですが、決定的に詩の世界の或る相を変える、もしくはフォロワーを生み出すレベルで今までにない何かを詩という生き物にプラスできる程の作品を生み出す人間的個性やエナジーを持つ詩人はかなり少ないように思います。皆、マーケティングや時事(災害もしくはあるある)で乗り切ってしまう。伝統を踏襲しつつも既存のものを切り裂く、そのようなカッコよさは中々お目に掛かれないのです。
カッコよくも無く(モテもせず)、金銭的に夢もない(賞を取っても次の詩集が出せない)ジャンルに新規参入者とその成長がどれだけ期待できるでしょうか。
いつか、荒地同人のかたがたの詩(関係無いですけど、見出し画像の、本を読んでるかたが渋沢孝輔氏で、その左後ろの横顔は田村隆一氏です)や石原吉郎氏、吉岡実氏、そしてこの渋沢孝輔氏のようなカッコいい言葉を操る詩人が、影響力の高い作詞家やシンガーソングライターのかたに紹介されて、そこから若い人たちに知られていってくれたらな、と願っています。そしていつか自分自身でもそのような詩を紹介し続け、あわよくば自分でもものしたいと、切に願っています。
そんなこんなで、僕の好きな渋沢氏の詩をもう2編。良かったら読んでみてください。それでは、またお会いしましょう。どうぞ、お元気で!
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狭い入江に
あるともない波が寄せ 風が立ち
煤ぼけた港の空に
骸骨のようなクレーンが滑る
造船所のドックから
できたての船が出ていく時刻だ
町角の黒いアパートの一室では
お前の青春が捨子のように
息絶えていた
おまえはレインコートのように街をさまよい
長くもない海岸に沿って歩き
ふとした風にもひらひらとした
入江に
あるともない波が寄せ 風が立ち
かなしみは微熱のよう
おまえはときどきうわごとを吐き
自らそのうわごとを聞きわけた
おまえは言った
《おれは言葉の屠殺者だ》
だれかがそれに唱和した
《おれは言葉の屠殺者だ》
そこでおまえはまた言った
《おれは美にたいする反逆のかけがえのない使徒》
だれかがそれをまねして言った
《おれは美にたいする反逆のかけがえのない使徒》
《あらゆる神話的価値の貪婪な絞殺者だ》
《あらゆる神話的価値の貪婪な絞殺者だ》
《あくまでも地上的な繁栄の証人として》
《あくまでも地上的な繁栄の証人として》
《おれの肉体は極北の》
《おれの肉体は極北の》
《星に挑み》
《星に挑み》
《その破壊的威力の触手で世界をひとなめ》
《その破壊的威力の触手で世界をひとなめ》
《おれは最も洗練された燔祭の演出者》
《おれは最も洗練された燔祭の演出者》
《最も原始野蛮の恋愛悲劇の祭司》
《最も原始野蛮の恋愛悲劇の祭司》
《おれが北風のように 氷河のように》
《おれが北風のように 氷河のように》
《おまえらの国を襲うとき》
《おまえらの国を襲うとき》
《ひとはおれの永遠の》
《ひとはおれの永遠の》
《呪縛のもとにある》
《呪縛のもとにある》
緑の街角から
怪奇映画のポスターが一枚一枚剥がされていった
斑鳩(いかる)も死に
人はパラソルを片手にして
遠い季節の外から帰ってきた
被いのない電線と山々を越えて
空は紺青に色づき
あたりに水晶がばらまかれた
そして
飼いならされた斑鳩も死に
人々の傍らには恋人のように
また密偵(いぬ)のように寄りそうものがある
秋だ
やがて友達の訪れもあろう
みんな珍しく年をとった