アジャイルガバナンスとシビックテック
Agile Tech EXPO というイベントで、標題のタイトルでお話させていただきましたので、内容についてこちらでも公開します。話した内容そのままではなく、note 用に要点のみをまとめています。
スライドはこちら。
技術は人を幸せにするのだろうか?
私はもともとは社会課題の解決などには興味がなく、エンジニアとして様々なソフトウェアを開発してきました。しかし、東日本大震災をきっかけにクラウドソースで震災の情報を地図上にマッピングして表示するサービス、sinsai.info の立ち上げに関わります。その経験の中で出てきたのが、「技術は人を幸せにするのだろうか?」という疑問です。sinsai.info 自体はそれなりに使われたのですが、被災地で知っている人は少なかったですし、いざというときにITが役に立てることは少なかったのです。
また、インターネットがキラキラしていた時代はすでに終わり、フィルターバブルや分断、格差の拡大といった状況を助長するような方向に技術が使われかねない状況に危機感を持ちました。
その後、活動を続ける中で、「オープンソースのガバナンスこそ、自治体に必要なのでは?」という思いが高まっていきます。
伽藍とバザールとオープンガバメント
オープンソースソフトウェアのエバンジェリストであるエリック・レイモンドさんが1999年に書いた、「伽藍とバザール」というエッセイがあります。この中で、中央集権型のソフトウェア開発を伽藍(大聖堂のように作る)、分散型のソフトウェア開発を「バザール」と表現し、比較しています。
今の行政サービスは、ほとんど伽藍モデルで開発されています。行政が仕様を作り、調達をし、企業が入札し、納品して終わり。これを省庁や自治体ごとにやっている。しかし、伽藍モデルにはアジリティの低さに課題があります。特に、以下のような点に注意が必要です。
・変化に弱い
・一つの組織にノウハウが留まる
・利用者側は手を出せない
ベンダーロックインなどの問題も助長されてしまいますし、市民や他の自治体、事業者がソースコードを見れないため改善の提案もできません。個別の自治体で伽藍を組み上げてサイロ化を進めるのではなく、バザールモデルを行政に適用することで、日本全体を巨大なオープンソースコミュニティにしたいと考えて立ち上げたのが Code for Japan です。
Code for Japan では、「ともに考え、ともにつくる社会」を目指し、人々が組織の垣根を超えてオープンに繋がり、社会をアップデートするための「場」を作る活動をしています。
東京都の新型コロナウイルス感染症対策サイトをオープンソースで作るなど、いくつかの事例を紹介させていただきました。詳しくは以下の note にも書いています。プレゼン内ではいくつか活動を紹介しましたが、この記事では割愛します。下記の記事なども参考にしてください。
様々な活動をしてきた結果、冒頭の「技術は人を幸せにするのだろうか?」という問いについては、一旦は「正しく使えば人を幸せにできるはず」という答えに落ち着いています。
技術を正しく使うには、アジャイルガバナンスが必要
さて、いよいよ講演の核心部分に入ってきました。行政でアジャイルプロジェクトをいくつか実施してきた経験から、行政のアジャイルプロジェクトが失敗するのは、ガバナンスモデルが正しくないせいでは?と思うようになりました。これは、企業においても同じかもしれません。技術を正しく使うためにも、アジャイルにサービスを開発するためにも、上位レイヤーであるガバナンス面を正しくつくる必要があるのです。
経済産業省が今年2月に第2版を公開した、「GOVERNANCE INNOVATION」という報告書があり、その中でアジャイルガバナンスについて解説されています。
この報告書から、技術を正しく使うために大切となる部分やシビックテックとの関連を抜粋して説明させていただきました。
まず、この報告書の目的について、このように述べられています。
我が国は、AIやIoT、ビッグデータなど、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させるシステムによって、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会、「Society5.0」を目指している。複雑で変化の速いデジタル社会において、イノベーションを加速しつつガバナンスを確保するためには、業界ごとに政府がルール形成・モニタリング・エンフォースメントの機能を一手に担うガバナンスモデルではなく、課題解決(ゴール)に着目した水平的かつマルチステークホルダーのガバナンスモデルが必要になる。
そのために、「環境・リスク分析」「ゴール設定」「システムデザイン」「運用」「評価」「改善」といったサイクルを、マルチステークホルダーで継続的かつ高速に回転させていくガバナンスモデルが必要なのです。
個人・コミュニティによるガバナンスへの参加
Society5.0において、ステークホルダーとしての個人やコミュニティがガバナンスに参加することは、従来以上に重要となります。そのためには以下の機能を社会に実装する必要があります。
①個人・コミュニティへの適切な判断材料の提供
②個人・コミュニティによる政治的意思決定への関与の確保
③個人・コミュニティによるシステムデザインへの関与の確保
まさに、「ともに考え、ともに作る社会」として目指す形と重なります。「①個人・コミュニティへの適切な判断材料の提供」は、SNSなどの新たなチャンネルの活用、オープンデータ公開やダッシュボード公開、政治家や行政の活動に関する透明性の向上といった技術が考えられます。また、フィルターバブルやフェイクニュースによる偏った/誤った情報の広がりを防ぐための第三者機関なども必要です。
参加型熟議民主主義のプラットフォーム
「②個人・コミュニティによる政治的意思決定への関与の確保」は、地域のワークショップの実施や市民参加のためのプラットフォーム、オープンデータ活用推進、選挙システムの改善といった技術が該当します。報告書では、EUのD-CENT (Decentralized Citizens ENgagement Technologies)や、Code for Japan の活動が紹介されています。
講演では、参加型熟議民主主義のプラットフォームとして、Code for Japan が中心となってローカライズしたバルセロナ生まれの市民エンゲージメントツール、「Decidim」についても紹介させていただきました。
加古川市や兵庫県などで利用されています。
21_21 Design Sight のルール?展にも展示されているので、お時間ある方はぜひお立ち寄りください。
市民・コミュニティのシステムデザインへの関与
「③個人・コミュニティによるシステムデザインへの関与の確保」については、オープンソースソフトウェアがその役割を担います。報告書ではオープンソースソフトウェアの活用について丁寧に説明されており、以下のようにまとめられています。
このようなオープンソフトウェアは、そのシステムが一旦構築された後
も、様々なステークホルダーによって自主的に常時調整ないし修正され、
あるいは廃棄されていく仕組がサスティナブルに継続しており、まさにア
ジャイル・ガバナンスが実践されているといえる。但し、その性質上、管理
者や責任の所在が曖昧であることも多く、運用後の評価や、それを踏ま
えた改善が、誰によって行われているのか、又はいないのかを確認するの
にも時間がかかる。そのため、CPSの品質や安全を管理する上で、どのよ
うな場合にオープンソースソフトウェアを用いるか、その安全性をどのよう
に客観的に検証していくか、問題が生じた際の責任をどう分配するかと
いう点が、ガバナンス上の重要な検討課題となる
私は、最近様々な自治体で実装され始めているスマートシティのための基盤も、できるだけオープンソースで作られるべきだと考えています。また、まちづくりについてもアジャイルガバナンスの考え方が必要だと思っています。「DIY都市」という構想をきっかけに始まった、Make our City というプロジェクトについてもお話させていただきました。
オープンソース活用の進む欧米で、スマートシティプラットフォームのデファクトスタンダードとなっている FIWARE を拡張した Make our City OS という基盤を開発中です。
ちなみに、インフラエンジニアを絶賛募集中ですので、ご興味ある方はぜひご連絡ください。
エンジニアは社会のアーキテクチャに興味を持とう
アジャイルテックのExpoということで、一番伝えたかったのは、デジタル社会に突き進んでいく時代において、エンジニアにはもっと社会のアーキテクチャやガバナンスモデルに興味を持って欲しいということです。仕様どおり作るということから脱却し、ガバナンスデザインにアジャイルの視点を取り入れることで、「正しいものを正しく作る」チームができるのだと思います。
アジャイルプロセスマネジメントは、不確実性に向き合うマネジメントであると言われます。そこで培ってきた様々な方法論は、社会のガバナンスを改善し、アジリティを強化することにも使えるはずです。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。「GOVERNANCE INNOVATION」はとても良くまとまっていますので、ぜひ目を通してみてください。
Agile Tech EXPO、今回初めての参加になりましたが、Discord での反応が素晴らしく、ポジティブで元気なコミュニティだなと思いました。公演後早速「アジャイルガバナンス部」が立ち上がっていたりして素敵。他の登壇者のお話もとても勉強になりました。素敵なイベントにお呼びいただきありがとうございます。
ちなみに当日のハッシュタグつきTweetが以下にまとまっています。
@dora_e_m さんにも早速感想を書いていただきました。ありがとうございました。
Code for Japan の活動に興味を持った方は、ぜひSlackにご参加ください!