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敦賀2号機「不合格」の影響と、退陣する岸田政権のエネルギー政策への評価─エネルギー・トランジションをめぐる2024年7〜8月の動き


はじめに

2024年7〜8月にも、エネルギー・トランジションをめぐって、注目すべき二つの動きがあった。

一つは、原子力規制委員会が、日本原子力発電(日本原電)の敦賀発電所2号機について、新規制基準に照らして「不合格」だとする方向性を打ち出したことである。

もう一つは、岸田文雄首相が、24年9月をもって退陣すると表明したことであり、この政権は菅政権に続き、原子力政策の「転換」やGX(グリーントランスフォーメーション)の推進に取り組んできた

本稿では、この2点について解説・評価する。

(1)敦賀2号機「不合格」の原子力政策への影響

原子力規制委員会は、24年7月26日に開催した第1272回審査会合で、活断層の存在の可能性が否定できないことを根拠に、日本原子力発電(日本原電)の敦賀発電所2号機について、新規制基準に適合していないと結論づけた。さらに同委員会は1週間後の8月2日に開いた臨時会合で、基準不適合という担当チームの審査結果を正式に了承した。

原子力規制委員会が新規制基準に適合すると判断しない限り、たとえ既設の原子炉であっても、再稼働させることはできない。したがって、日本原電敦賀2号機は、今後よほどの状況変化がない限り、廃炉の道を歩むことになる。

これまでの経緯から見て、今回の原子力規制委員会の結論は、妥当なものだと言える。もともと関係者のあいだでは、敦賀2号機は、新規制基準適合の許可が最も取りにくい原子炉だとみなされていた。

原子力規制委員会に対しては、いろいろな批判がある。しかし、原子力反対派も原子力推進派も批判しているということは、それだけ規制委員会が中立的な立場を維持して、まともに機能していることの証左でもある。

日本原電は、原子力規制委員会が不合格とした敦賀2号機を廃炉にして、同委員会が合格判定を下した東海第二発電所を再稼働させれば良い。敦賀発電所についても、立派な送変電装置を擁しているのであるから、ゼロエミッション火力発電所(アンモニア火力発電所や水素発電所など)として再出発する道もある

また、3・4号機の建設用地は、2号機の設置個所とはトンネルで隔てられたところにあり、活断層から遠いとされている。そのため、ここを活用するという打ち手も存在する。場合によっては、この用地に、次世代軽水炉や高温ガス炉などの原子炉を建設することも不可能ではない。

結果的には、敦賀2号機に対する不合格判定が原子力政策に及ぼす影響は、軽微なものにとどまるだろう。現在、日本政府は、「DXやAIの普及→データセンターの新増設による電力需要の急伸→原子力発電の活用」という三段論法を、ことあるごとに強調している。第7次エネルギー基本計画を策定する総合資源エネルギー調査会基本分科会でも、原子力推進派委員が圧倒的多数を占めるため、この論法が繰り返し展開されている。政府や推進派委員は、敦賀2号機不合格判定の影響を最小化することに、血道をあげるに違いない。

ここで強調しておきたいのは、政府が展開する、この三段論法は間違っているという点である。2018年に閣議決定した第5次エネルギー基本計画で、日本は、再生可能エネルギーを主力電源とし、原子力を副次電源とする方向に舵を切った(詳しくは、橘川武郎『エネルギー・シフト 再生可能エネルギー主力電源化への道』白桃書房、2020年、参照)。

したがって、「電力需要の急伸」の受け皿となるべきは、「原子力の活用」ではなく、「再生可能エネルギーの活用」であるべきなのだ。にもかかわらず、今でも電源と言えば原発しか思い浮かばない「原発脳」が蔓延しているとは、嘆かわしい限りである。改めて、日本のエネルギーの未来を担うのは、原子力ではなく再生可能エネルギーであることを、銘記しておきたい。

(2)岸田政権のエネルギー政策に対する評価

岸田文雄首相は、2024年8月14日に記者会見を行い、次の自民党総裁選に出馬しない意向を表明した。これによって、21年10月に発足した岸田政権は、3年で終焉することになった。

不出馬表明の会見の席上、岸田首相は、同政権の3年間の成果を強調したが、そのなかには、エネルギー政策の進展も含まれていた。果たして、本当にそうだろうか。岸田政権のエネルギー政策について、冷静に評価することにしよう。

結論から言えば、岸田政権に対しては、原子力政策に関しては落第点、それ以外のエネルギー政策に関しては及第点を与えるべきだ、ということになる。まず、原子力政策に目を向ける。

22年12月のGX実行会議において岸田首相は、原子力発電所(原発)の運転期間に関して、「原則40年、延長は1回に限り最長20年」という現行の枠組みを維持しつつも、原子力規制委員会による審査や裁判所による仮処分命令などで運転を停止した期間を計算から除外し、その分を追加的に延長できるようにする新方針を打ち出した。その結果、日本の既設の原子炉は、実質的には、従来の上限だった60年を超えて運転期間を最大で約10年延長することができるようになった。 この新方針を盛り込んだGX脱炭素電源法案は、23年5月31日に可決、成立した。

これらの動きの発端となったのは、22年8月のGX実行会議における、岸田首相と西村康稔経済産業相(当時)の、原子力に関する発言である。その場で岸田政権が、原子力政策遅滞の解消に向けて2022年末までに政治決断が求められる項目として挙げたのは、(1)次世代革新炉の開発・建設と、(2)運転期間の延長を含む既設原発の最大限活用の、2点であった。

そもそも、この(1)と(2)とのあいだには、一種の論理矛盾がある。新しい炉を作るならば古い炉はいらないし、古い炉が運転延長できるならば新しい炉は不要だからである。

唯一、矛盾せずに論理が成り立つのは、新しい炉を作るが、それには時間がかかるので、それまでの期間は古い炉の運転延長でつなぐ、という言い方をした場合だけである。この場合も、大前提として、新しい炉を作ることを明確にしなければならない訳である。

しかし、現実には、岸田政権が具体的な形で方針を示したのは、(2)の既設原発の運転期間延長だけであった。対照的に(1)の次世代革新炉の建設については、いかなる政治決断もなされなかった。

電気事業者から見れば、次世代革新炉の建設は1兆円オーダーのコストがかかる。一方、既設炉の運転延長は、どんなに高く見積もっても、二桁小さい費用(数百億円)で済む。

このように既設炉の運転延長ができるのであれば、電気事業者がわざわざ高いコストをかけて、次世代革新炉を建設するはずはない。岸田政権による運転期間延長方針の決定は、皮肉なことに、革新炉建設を遠のかせる逆機能を発揮したのである。

これは、ゆゆしき事態である。今、わが国では、筋の悪い既設原発運転延長がどんどん進行し、原発の危険性を縮小するという意味で、本来あるべき次世代革新炉の建設が後景に退くという、最悪のシナリオが進行しつつある

以上が、岸田政権の原子力政策に落第点をつける理由である。なお、この点について詳しくは、本書(橘川武郎『エネルギー・トランジション 2050年カーボンニュートラル実現への道』白桃書房、2024年)の第4章を参照されたい。

一方、岸田政権の原子力政策以外のエネルギー政策については、及第点をつけることができる。なぜなら、力を注いできたGXの推進は、基本的には的確なものだからである。

岸田政権は、23年2月に「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定した。GXとは、グリーントランスフォーメーションの略称であり、「化石燃料をできるだけ使わず、クリーンなエネルギーを活用していくための変革やその実現に向けた活動のこと」(経済産業省)である。

岸田政権のもとで、「GX実現に向けた基本方針」を具体化した法律が相次いで制定された。23年5月に可決・成立したGX推進法24年5月に可決成立した水素社会促進法とCCS(二酸化炭素回収・貯留)事業法などが、それである。

「GX実現に向けた基本方針」は、「今後10年間で150兆円超の官民投資」が行われるという見通しを示した。さらに、それを実現する呼び水として、国債(仮称「GX移行債」)を発行して得る20兆円を、GXに先行的に取り組む事業者に対して補助金として支給する方針も打ち出した。

本書(前掲『エネルギー・トランジション』)の40頁には、政府資料にもとづき作成した表2-5が掲載されている。同表は、「GX実現に向けた基本方針」が補助金の支給対象として掲げた事例と、それらの「今後10年間における官民投資の規模」の予測値を示したものである。

この予測値のなかで、原子力関係(「次世代革新炉」)の投資規模は、わずか1兆円にとどまる。つまり原子力は、150兆円超の投資を見込むGX全体のなかで、「150分の1」の位置づけしか与えられていないことになる。岸田政権のもとで原子力は、表向きの威勢のよい口ぶりとは対照的に、実際には、あまり頼りにされないエネルギーにとどまったのである。

しかし、この事実は、裏を返せば、原子力以外の諸施策に、岸田政権は力を入れたことを意味する。「今後10年間における官民投資の規模」の予測値のなかで上位を占めるのは、「自動車産業」(約34兆円〜)「再生可能エネルギー」(約20兆円〜)「住宅・建築物」(約14兆円〜)「脱炭素目的のデジタル投資」(約12兆円〜)「次世代ネットワーク(系統・調整力)」(約11兆円〜)「水素・アンモニア」(約7兆円〜)「蓄電池産業」(約7兆円〜)などの施策である。

これらの施策は、本書の第3章や第5〜7章で強調したように、日本におけるカーボンニュートラル実現にとって、きわめて重要な意味をもつ。「岸田政権の原子力政策以外のエネルギー政策については、及第点をつけることができる」と述べたのは、このためである。

2024年8月20日記
橘川武郎(国際大学学長、東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授)


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