『源氏物語と江戸文化』 @東京都美術館
東京都美術館では、11月19日から1月6日まで『源氏物語と江戸文化』を開催しています。
先日、ほかの人のnoteを拝読させていただきました。それは同館で開催が始まったばかりの『美をつむぐ 源氏物語』という企画展のレビュー記事でした。その展示会もまた面白そうだったのですが、吝嗇なわたしが注目したのが、同時開催で、しかも無料で観覧できる『源氏物語と江戸文化』でした。
無料って、わたしのような人間には、本当に重要なのです。
なんで重要かと言えば、近くて手間がかからず無料の趣味……習慣は、とても続きやすいんですよね。飽きっぽいわたしでも、続けられる可能性が、遠くて手間が要って有料な趣味や習慣よりも俄然高まります。
ということで、博物館(美術館も含む)へ行くという趣味が続いていますが、これはもう(ほとんど)無料だからなんです。だって、わたしがよく行く東京国立博物館であれば、年パス(メンバーズパス)が1年で2500円です。10回行けば250円だし、100回行けば25円です。以前、10年間くらいスポーツジムの会員でしたが、そちらは1カ月で約1万円です。比較すれば、もうトーハクなどは無料と同等なんです。
ということで、無料の良さをバカみたいに語ってしまいましたが、今回の『源氏物語と江戸文化』も無料なのです。
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とはいえ、いくら無料だからとはいえ、楽しめたり何かを得られたり、感情が揺さぶられる体験ができなければ、徒労です。徒労は無料の反意語と言っても良いでしょう。そんなところには行きたくありませんよね。
でも『源氏物語と江戸文化』は、とてもおもしろかったです。「本当に無料でいいんですか?」というくらいに。
展示されていたのは、江戸東京博物館に所蔵されている、『源氏物語』を主題とした掛け軸や浮世絵などです。メイン(有料)の『美をつむぐ 源氏物語』が、『源氏物語』の現代アートによる解釈だとすれば、こちら『源氏物語と江戸文化』は、江戸時代の『源氏物語』との付き合い方を紹介する企画です。
企画展は東京都美術館の地下2階にある「ギャラリーB」という小さめの部屋で開催されています。
それほど広くない展示室ですが、それでも今回の企画は4つの章に分かれています。そして第1章が『王朝文化への憧憬』です。
解説文によれば、江戸時代以前の源氏物語は、公家や武家を中心とした限定的な階層の間で親しまれたものです。ここでいう武家は、ほぼ庶民と言っていい下級武士は含みませんので、源氏物語を知っていることは、セレブリティの象徴だったわけです。今で言えば「そんなことは小学生でも知ってるだろ」というような、常識に近いものだったはずです。
武張った大名が活躍する戦国時代も、それは変わりませんでした。戦国武将と言えども、単なる軍隊ではなく、それぞれの土地の行政も担っていたわけですから、当然、外交交渉などを行なう際には、教養が必要になります。そこで加藤清正のような戦国武将も『源氏物語』や、和歌や連歌などの文芸をたしなんでいたんです。
さらに江戸時代に入っても、やはり『源氏物語』は上位階層の教養でした。なかでも……と、下のように解説パネルは続けます。
タイトルには「十二ヶ月」とありますが、企画展では6点しかありませんでした。本当はもっとたくさんの掛け軸があるのかもしれません。
これは徳川御三卿の一橋家と田安家、それに松平定信などの幕臣たちが詠んだ和歌にちなんだ歌絵なのだそうです。と……解説パネルを読んでも、由来は分かるのですが、『源氏物語』との関連性がピンときませんでしたが……なにか『源氏物語』由来の和歌が歌われていたということなのでしょう。
第二章については、江戸時代において『源氏物語』が大衆化されていく過程で出版された、(版元)八尾官兵衛によって発行された『源氏物語』や北村季吟『湖月抄』、本居宣長『玉の小櫛』が展示されていました。(このいずれか一つが撮影禁止だったので、写真はありません)
■錦絵や浮世絵における『源氏物語』
第三章では、まず柳亭種彦の『偐紫田舎源氏(にせむらさきいなかげんじ)』」などが展示されていました。
柳亭種彦(1783-1842)は、旗本出身です。同時期の流行作家だった曲亭馬琴が、『西遊記』などの中国小説を翻案したことに刺激を受けて「文政12年(1829)に日本古典文学を代表する源氏物語を翻案した『偐紫田舎源氏』を執筆した」と解説パネルに記されています。
すごく色鮮やかで線もきれいなのに驚きました。
解説パネルを読んだ限りだと、オリジナルの『源氏物語』の人間関係などを踏襲しつつ、室町時代の応仁の乱へ至るストーリーを加味した小説……という感じですかね。詳しくは、原書を読めばよいのですが、下記の論文に少し雰囲気が記されています。
『偐紫田舎源氏』絶版処分再考−公共社会学の観点 から−(PDF)
『室町源氏胡蝶巻』の書名「源氏胡蝶」は、版元の蔦屋吉蔵が“源氏物語の人気にあやかったもの”と、解説パネルにはあります。この『室町源氏胡蝶巻』自体は、源氏物語とは全く異なるストーリーなのだそうです。それだけオリジナルの『源氏物語』が、江戸市民に人気があったということですかね。
■海老茶筅髷の足利光氏
前述の『偐紫田舎源氏』は、初編が発売されてすぐにベストセラーとなります。しかし、表紙が華美すぎるとして、天保の改革の時期に発禁処分を受けてしまいました。
本は発禁になっても、『偐紫田舎源氏』の人気は衰えず、その後に『室町源氏胡蝶巻』のような他者による続編や、錦絵などが出版されたそうです。
その錦絵については、『偐紫田舎源氏』の主人公・光氏が、様々なシーンで描かれていました。
足利光氏は、下顎がしゃくれているのか、受け口なのが顔の輪郭の特徴です。また額に海老茶筅髷にしているのがトレードマーク。ちょっとわかりづらいですが、髷の先端がエビの尻尾のように2つに分かれているんです。上の『風流源氏雪の眺』では、センターに立っているのが光氏ですね。
『風流源氏雪の眺』では、光氏が右側に立っています。このシリーズでも、なにか『源氏物語』に由来しているのでしょうが、よく分かりませんね。ただただ、木版のクオリティの高さに驚かされました。
歌川豊国(三代)と歌川広重(初代)の共作ということですが、前者が人物を、後者が背景を描いたのでしょうか。個人的には背景の雪景色がすばらしいと感じました。舞う雪を黒い点で描くなんて……。
歌川豊国(三代)『源氏四季ノ内 冬』は、浅草寺の歳の市を描いた錦絵です。実はこの絵の中にも『偐紫田舎源氏』の主人公・足利光氏が描かれています。もはや『ウォーリーを探せ』みたいな趣ですが、一番左の駕籠から顔を覗かせているのが光氏です。
あまり光氏に注目していなかったのですが、上の写真だと左下に目元だけ写っているのが光氏です。ちなみに注目していたのは、雷神です。
それにしても(おそらく)浅草寺の雷門の目の前まで駕籠で乗り付けてくるなんて、不届きすぎますね……さすが足利光氏です。
そのほかにも多数の錦絵が飾られていました。12月には展示替えがあるそうなので、その頃にまた訪れたいと思います。
以下は写真のみでご紹介。
それにしても、かなり落ち着いて観られる部屋で、満足満足です。