源氏物語の世界を覗き見しているかのような土佐光起(みつおき)の『源氏物語図屏風』
東京国立博物館は、今年で創立150年です。秋には、収蔵する国宝89点を一挙に公開する特別展を開催します。
それにともない、今年は展示スケジュールの調整が大変だったようです。というのも、国宝や重要文化財の展示は「年間に2回以内で、延べ60日以内」に抑えるよう、文化庁から指針が示されているんです。
いつもなら、東京国立博物館の本館2階の国宝室へ行けば国宝が見られる! はずだったのに……現在は「未来の国宝」と題して、「数万件に及ぶ絵画、書跡、歴史資料のなかから選び抜いた、東京国立博物館コレクションの(国宝ではない)逸品」を展示するスペースになっています。
そして、もうすぐ終わってしまいますが、<2022年8月23日>現在は、土佐光起『源氏物語図屛風(初音・若菜上』が展示されています。
源氏物語と言えば、中学や高校の古文の時間に、誰も一度は触れたことのある、日本を代表する、平安時代中期に成立した長編物語であり、小説です。現代でも、日本の教育を受けていれば誰もが触れる物語ですが、中世や近世の日本人には(と言っても、支配階級のほんの一部のはなしですが)、基本的な教養として必須でした。
紫式部によって1008年前後に書かれた『源氏物語』は、以降、文学にとどまらず、絵画や工芸といった美術作品など、日本の文化に大きな影響を与えてきました。そして多くの絵師が、源氏物語を材として、絵を描くようになります。美術史では、「源氏絵」という一つのカテゴリーとして成立するほどです。
さて、『源氏物語』は全五十四帖で物語られています。帖は、「巻」や、テレビドラマで言えば「シーズン」に近い意味合いです。主人公の光源氏が誕生する第一帖の『桐壷』から、光源氏が出家…つまり引退する第四十一帖の『幻』を経て、第五十四帖の『夢浮橋』で幕を閉じます。
土佐光起の『源氏物語図屛風(初音・若菜上)』は、|二十三帖の『初音』と、、三十四帖の『若菜上』を描いた屏風です。※『若菜』は『若菜 上』と『若菜 下』の上下に分けられています。
新春を迎えた、光源氏の屋敷(六条院)での出来事を語っているのが二十三帖『初音』。屏風の左側では、正妻である紫の上と、光源氏にとっての一人娘である明石の姫君とが楽しそうにやり取りしています。そこへ、屏風右側から、光源氏がやってきたのです。
全五十四帖の中で、なぜ『初音』を選んだのか。それは『初音』が、新春の平和なひとときを描いた、とても縁起の良いシーンだからです。というよりも、後世の人たちに、おめでたいシーンだと思われていたという方が正確かもしれません。その証左として、「初音」や「若菜」は、今でも女性の名前でもよく見られます(初音ミクもそうですね)。
『初音』ほどではありませんが、『若菜 上』も正月を描写した“めでたい”シーンとして、屏風などに描くテーマとしては一般的なものだったようです。また『若菜上』巻は、『源氏物語』全体を俯瞰すると、女三の宮が登場する
第二部の始まりとも言える重要なエピソードと言えます。
ただし、土佐光起の描いた『若菜 上』は、どんなシーンなのかを解説してくれる資料が見当たりませんでした。この土佐光起の『若菜 上』以外では、庭で蹴鞠をする公達(公家)を、女三の宮が垣間見るシーンを描くのが一般的です。
以下は推測ですが、光源氏のもとに女三の宮が降嫁(皇族である女性の宮様が、公家などに嫁入りして降ること)して、新たな正妻として光源氏に対面するシーンなのかなと。
そうだとすれば、屏風の最も左端に座る女性が、女三の宮。対面して座っているのが光源氏でしょうか。その光源氏の下に描かれているのが、これまで正妻だった紫の上かもしれません。また右側の屏風に目を移すと、3人の男性が座っています。この3人の中の1人が、後に女三の宮とフリンして子供をもうけてしまう、柏木なのかもしれません。
この屏風をジッと見ていると、絵の全体に細く緑色の線が引かれていることに気が付きます。さらに、その緑色の線の上には、等間隔で模様のある布が垂れ下がるように貼られています。
土佐光起「源氏物語図屏風(初音・若菜上)」。個人的に土佐派の大和絵好きなのでそれだけでも十分なんだけど、この屏風、拝見している側が御簾越し、という設定で、御簾の緑が画面にかかってるのがかなり面白い作品。解説パネルには、下記のような説明が記されていました。
また作者の土佐光起に関する解説も続けます。
こうした斬新さが、「未来の国宝」として挙げられた理由にあるようです。
源氏物語を材にとった、国宝指定の作品
・紙本金地著色源氏物語関屋及澪標図 俵屋宗達
・紙本著色源氏物語絵巻
・胡蝶蒔絵挟箱(初音の調度の内)