読書日記 松尾潔・著『おれの歌を止めるな』日本ポップス界の是枝宏和か
前回の読書日記の三浦英之の『太陽の子』のところで、プロの書評として取り上げた、松尾潔の本を読んでみた。『おれの歌を止めるな』講談社という本だ。
著者は、ジャニー喜多川の性加害問題に関する意見をラジオで言ったことが問題視されて、所属事務所から解雇された、みたいな話で話題になった人だ。
その事務所が、山下達郎のマネージメントするために設立された、ほぼ個人事務所のようなもので、山下・竹内夫婦も、松尾と関係を絶つことに同意した、なんてハナシだった。
実際には、所属関係ではなく、業務提携の関係だそうだ。松尾潔の方が、お金を払って、なにがしかの管理をお願いしていたらしい。だから、所属事務所からタレントが首を斬られたというのとは、ぜんぜん違う。
この本も、去年の暮れから書店で平積みになっていて、よく目にしてはいたのだった。
調べてみたら、松尾潔は、年齢は55歳で、「つんく♂」と同い年だった。テレビ東京のオーディション番組に関わって、「ケミストリー」「エグザイル」などのプロデュースをしていた。「モー娘。」をやった「つんく♂」が女性担当だとしたら、さしずめ松尾潔は男性担当なのだろう。
って、こういう認識の仕方でいいのかな……。
その他に、「スピード」や「宇多田ヒカル」「スマップ」「天童よしみ」とも仕事をしている。私が知らなかっただけで、かなりの大物のようだ。なんとなく、山下達郎よりも、業界では大物かもしれないと思った。
ちなみに、私は、「つんく♂」も「モー娘。」も、「スピード」も「ケミストリー」も「エグザイル」も「宇多田ヒカル」も「スマップ」も、「天童よしみ」も「山下達郎」も聴いたことがない。当然、著者がどんな音楽家なのかも知らない。
本書を読むと、とてもまっとうなことを、普通に言っている印象を受けた。
しかし、まっとうな意見が通らないのが、日本の芸能界だ。
この芸能界を、ロック界に置き換えても、ほとんど変わりがないと思う。例えば2021年に起きた小山田圭吾に関する事件でも、一部のインターネットを除いて、同業者はほぼ口を噤んでいたし、ロック評論を展開してきた雑誌媒体も、バッシングに加担するかスルーするかしていた。
この事件は、小山田圭吾には、なんら非がないと私は理解している。証拠とされた『ロッキング・オン・ジャパン』と『Quickジャパン』の記事を読めば、誰でもそう判断するはずだ。非があるとしたら、それは傍観することでイジメに加担した罪だ。だから、小山田圭吾事件は、ほぼ冤罪だ。
事件の当事者であり、冤罪の加害者的な立場の『Quickジャパン』も『ロッキング・オン』も、まともな対応を取らずに、今日まできている。そして、もう問題は終わったことにされている。
それと同じで、ジャニー喜多川の性加害問題に関しても、BBCのドキュメンタリー番組が告発して話題になるまで、ほとんどの雑誌媒体もテレビ局も、見過ごすことで加担してきた。ほとんど共犯関係だ。
この本には様々なエッセイが収録されているが、著者が言っていることはひとつだ。もはや、見過ごすことで加担するのはやめよう、ということにつきる。
そう呼びかけられているのは、同業者であり、業界であり、テレビや雑誌を始めとするすべてのメディアであり、リスナーである我々、つまり世の中全体だ。
だからこれは一種の社会運動の本だ、と言えないこともない。
著者からは、かなり知的な印象を受ける。音楽業界の「是枝宏和」みたいだ。今後は、松尾潔の言うような方向で行くべきだし行くしかないのだと思う。
ただ、本書のタイトルの「おれの歌」というのが、私にはピンとこなかった。YouTubeで、松尾潔の曲を探して聴いてみたが、メロディ重視のラブソングが多く、「おれの歌」というロックっぽいタイトルにもそぐわない気がした。
この本のタイトルは、カタカナで「ボク」や「ワタシ」の方が良かったのではないか? って大きなお世話か。