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読書日記 マイクル・コナリー著『ダーク・アワーズ』 添え物の犯罪者

マイクル・コナリー著『ダーク・アワーズ』上下講談社文庫



訳者のあとがきを読んだら、本作が、コナリーの36冊目の長編だとあった。デビュー作の『ナイトホークス』が翻訳出版されたのが、1992年だから、まる30年の付き合いになる。

一応、全部読んでいるから、今、これを書いているこの部屋には、コナリーの本が、70冊近くあることになる。なぜ70冊近いかというと、コナリーの本は、数冊をのぞいて、上下巻で出ているので、それくらいの数になる。

並べてみたくなったが、部屋のどこにあるのか、さっぱりわからない。しばらく前から、読み終わった本は、段ボール箱に入れて積んでいるので、本当にどこにあるのかわからないのだ。

以前は、本が増えると、古本屋さんに来てもらって整理していたのだが、ある頃から引き取り価格が低すぎて、処分する気になれなくなったのだ。おかげで部屋の中に段ボール箱がたまってきた。どうしようか。

新作ごとに更新される時事的なテーマ


コナリーの小説は、全部、ロサンゼルスを舞台に犯罪ミステリーだ。登場人物は、いわゆるスター・システムなので、異なった作品でも、ロス市警の主要メンバーや市長、そのほか様々な脇役が、重複して登場してくる。

主人公も、スピンオフがシリーズ化して、新作ではメインキャストになったりもしている。そして、30年も続けていれば、主要な登場人物は、年齢を重ねてきて、そろそろ世代交代の時期に差し掛かっている。

『ダーク・アワーズ』では、刑事を退職したハリー・ボッシュから、若い女性刑事のレネイ・バラードにバトンが渡されている。なんだか、『男はつらいよ』の寅さんシリーズが、後半、甥っ子の満男の物語になっていったのに似ている。

30年もの長い間、飽きずに読めているのは、コナリーが、時局を取り入れるのが上手だからだ。本作の時制は2020年で、世界はコロナ禍に見舞われており、人的接触が制限されたために陥った警察組織の心理的な変化や、マスクやワクチンに対応する警官の日常がさりげなく描かれている。また、トランプ支持者が国立議会を襲撃した事件も背景に取り込まれている。

コナリーの作品作りがうまいなあ、と、感心させられるのは、新しい主人公レネイ・バラードを非白人の女性刑事にしたことだ。それによって、ジェンダーや民族差別、人権問題、労働問題といった今日的なテーマを、警察組織の内部で効果的に描くことができている。

また、現場でのデジタル機器の導入を描くことで、テクノロジーの進歩への目配りも怠りがない。そういった変化は、新作ごとに更新されるので、コナリーの小説は、飽きないで読むことができる。非常に上手に出来ていると感心するのだ。

ただ、これを十年後に読んだら、どう感じるのかは、わからない。実は、コナリーの本は、好きで読んでいるのだけど、どれ一つ読み返したことがない。それに、そういう類の小説ではないような気がする。

犯罪者の比重がどんどん軽くなってきた


コナリー本の感想文を書くたびに、最近は同じことを繰り返しているが、ある時期から、犯罪を犯す側の比重がほとんどなくなっていることが、気になっている。

初期のコナリー作品での犯人の存在は、犯人を追う主人公にせまるくらいに大きかった。犯人がそれを犯すようになった動機や、犯罪に至るまでの人生が、ある種の執着をもって描かれていた気がするが、今は全く描かれなくなっている。

このところのコナリー作品では、犯人は、最初から犯罪を犯す人で、通行人のようにやってきて、捕まるか射殺されるかして、去っていく。添え物みたいに軽いのだ。

それが物足りないと言えば、物足りない。実は私は、ノアールが好みなので、かなり物足りない。

コナリーの書いている物語は、ロサンゼルスが舞台の犯罪小説の形を借りた、ハリー・ボッシュ一族の一大サーガの様相を呈してきたように思う。と書いてみたが、それは大げさか。

あとがきの邦訳リストを見たら、未邦訳作品は、1作のみで、それも翻訳予定になっているから、ついに追いついたことになる。このところ、年に2作品、3作品とハイペースで翻訳していた翻訳者の古沢嘉通の努力が実ったと言える。

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