秋はいい季節だが今年もヤツがいる
イチョウの葉が外側から黄色く染まりはじめる姿がかわいい。
その姿を撮りたいがために私は、足元に大量に落ちて散乱し異臭を放つ銀杏を避けながら、でも結局は踏んづけて「グニュッ」というなんとも言えない感触を足に感じながらシャッターを切った。
秋はいい季節だ。
暑くも寒くもないから、バスも電車も車も使わずに歩きたくなる。普段なら車で移動してきた場所へ歩いて行ってみると、「こんなとこにお寺があったのか」とか「この辺はやたら豪邸が多いなあ」とか、いろんな発見があっておもしろいものだ。
目的地へ効率よく移動するのもいいけれど、道中に潜んでいる見落としがちなものを発見できると、なんか得した気分。
秋はいい季節だ。
カメムシさえいなければ。
「エアコンつけなくても過ごしやすいわぁー」なんて独り言を言いながら、気分よく濯物を畳んでいると突然カメムシが現れるのが秋。
あいつらは、干された洗濯物にくっついて家の中に入り込むという手口を使う。寒い冬を越える為に、どうにか暖かい場所へ潜り込もうという作戦らしい。
彼らも必死なのだ。
そんなことは履修済みだから、洗濯物を取り込むときには細心の注意を払っているつもりなのに。面倒くさいけど、一旦バタバタとはたいてから取り込んでいるというのに。最近買ったお気に入りのロンTにヤツはくっついていた。「あっ、どうも」みたいな顔して。
あっ、どうもじゃねぇわ。
去年なんか、軍手の中に潜んで私の手に臭い汁を出して、しばらく消えない黄色いシミを作りやがったんだカメムシは。
あんな気持ち悪いビジュアルが突然目の前に現れると変な声が出る。「どぅわぁっばばったーぁっ!」みたいなことを叫んだあと、その気持ちわりぃホームベース型のビジュアルをしたカメムシを睨んだ。せっかく気分良く洗濯物を畳んでいたのに、お前のせいで台無しだ。早くどっか行け。
どっか行けと願ってみたが、カメムシはもうすでに家の中。そして私のお気に入りロンTの上から動こうとしないので、殺虫剤をかけるわけにもいかない。
見ないふりをして、一旦ちょっと珈琲でも飲んでヤツが消えるのを待とうかという案が頭をよぎったが、家の中でカメムシが行方不明になるのも恐ろしい。
残念ながら家の中に人間は私しかおらず、配偶者に頼むという手も使えない。
子供たちも虫が苦手で、家に虫が入ってきたら大騒ぎしてしまう。しかも現在我が家には新しく家族となった猫が2匹(生後5ヶ月)いる。あの子たちがカメムシを見つけたら、間違いなくオモチャにして遊び倒し、最悪食べたりするかもしれない。おそろしい。
これはもう、自分で殺るしかない。
私は立ち上がり、隣の部屋からティッシュの箱を持ってきた。1、2、3、4、5、6、7、8。
8枚目のティッシュを抜いたとき、「この厚みがあればいける」と判断した。
カメムシ1匹に対して、ティッシュ8枚で挑むのは果たして多いのか少ないのか。私には分からない。とにかく私は8枚重ねのティッシュで、カメムシを包み込んだ。
ヤツの体を潰す感覚は味わいたくなかったので、確実に包み込んでからビニール袋に入れ、しっかりと口を閉じた。これでもう大丈夫だ。グッジョブ私。
たかがカメムシ1匹を退治しただけだったが、ものすごく誇らしい気持ちになっていた。つい10年ぐらい前は、一人暮らしの家にゴキブリが出たりしようものなら、それがいなくなるまで外出するという現実逃避をしていたのに。
守るものができ、強くなったのだろうか。
なんて素晴らしいことだ。
カメムシを自分の手で退治できたことが妙に誇らしく、誰かに聞いてもらいたくなったが、そんなことを聞きたい人は誰もいなさそうだったので幼稚園から帰ってきた6歳の長男に話してみた。
私「さっき洗濯物畳んでたらカメムシが現れてさ」
長男「えっ!どこに!?」
私「洗濯物についてたの」
長男「えっ!マジで?まだいるの?生きてるの?」
私「いやお母さんがね、ティッシュ8枚重ねて捕まえてビニール袋に入れて密閉したからもう大丈夫」
長男「ティッシュ8枚使ったの?」
私「うん。使いすぎかなーと思ったけど、8枚ないと無理だった」
長男「8枚でいけたなんてすごいよ!オレだったら13枚は必要だったと思う!お母さんすごいじゃん!」
とのことで、すごい褒められた。
カメムシにティッシュ8枚は多くなかったらしい。
6歳児に褒められて、自己肯定感がちょっと上がった。
大嫌いなカメムシが、秋の良い思い出を1つ作りやがった。
秋はいい季節だ。
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