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母と息子のマラソン見学大作戦

長い夏の終わりがいつだったのか、わからないでいるところに、突然やってきた冬の気配。それと同時に、今年もあの季節がやってきた。そう、小学校の定番行事、マラソンチャレンジとマラソン大会だ。

※これは、ぽっちゃり運動嫌い息子がマラソンの練習をいかにしてサボり、大会の見学を勝ち取るか、母と息子の葛藤と奮闘の記録です。

マラソンチャレンジというのは、マラソン大会に向けた練習期間のこと。2時間目と3時間目の間の20分放課は必ず運動場に出て走らないといけない(わたしの住む地域では授業と授業の間の休み時間を放課といいます)。しかも、走った周数をすごろくのようなマス目を塗りつぶして進んだ距離を競う。そのため、走ることが好きな子やどこまで進んだかを競い合いたい子たちは、登校後の時間やお昼の放課まで、走りに運動場へ出て行く。

しかし、わが家の運動嫌いでぽっちゃりな息子にとってはただただ苦痛な日々のはじまりだ。唯一の救いがあるとすれば、マラソン大会後に教室で飲めるジュースだけだ。教室で飲むジュースは特別感があって、無性においしい。

今年のチャレンジ期間は最大で7日。その間に1回、授業時間を使って、試走といわれる本番さながらに走る日がある。息子たち高学年の子は約1.5km走らないといけない。走りなれている人にとったら、ちょっとしたジョギングレベルだろう。しかし、普段、体育の授業くらいしか動かない息子にとって、加えて肥満度が30%近い息子にとって、マラソンの名に相応しい驚異的な距離になる。

そして、なんのいたずらか、今年の試走はチャレンジ期間の2日目にあった。しかも、1日目のあと、4連休を挟んでの2日目だ。体が仕上がるどころか、ほぼぶっつけ本番みたいな状態で走ることになった。

その夜、布団に入って、息子は泣いた。となりで横になるわたしにバレないように、しずしずと泣いた。

「マラソン嫌だ」といいながらも、チャレンジの3~6日目までは学校へ行き、自分のペースで走りつづけた。見てはいないけど、きっとほどよく手を抜きながら。残念なことに、チャレンジ期間中、雨で中止になるというラッキーな日は1日もなかった。

週末を前にしたこの日、なんとか頑張って走ってきた息子の気持ちがキレた。

「無理やり走らせるとかパワハラじゃん」
「試走のとき、ほんと死ぬかと思った」
「もう試走で走ったから十分でしょ」

わたしと二人のときにだけ出す、本音と弱音を強がった風に言う独特の言い方。

わたしの脳裏には先日の涙がよみがえった。

いつも先を競って走っている子が体調不良を訴えたら、なにも疑われることはない。しかし、足を引きずるようにして一番後ろを嫌々走る息子が見学を申し出たら、仮病を疑われないか。

どうしたらうまいこと事が運ぶか……

ここで、ひとつのストーリーが浮かんでしまった。

明日、土曜日に息子は新型コロナウイルスのワクチン接種をする(とにかく金曜か土曜で接種できる日を確保しようとマラソン大会の予定なんて考えずに予約していた)。すると、日曜日には発熱が予想される。前日に発熱したという理由で、月曜に行われる7日目のチャレンジは「走らずに歩く」を選択できる。しかし、火曜のマラソン大会まで、発熱を引っ張るわけにはいかない。もう熱がないことは、測ったらバレてしまう。けれど、ワクチンの副反応には接種部位の痛みもある。腕の痛みは自己申告以外に確認する方法はない……わたしの心は決まった。

本来、親はこどもに頑張らせなければいけないのかもしれない。しかし、断固として「走りたくない、休みたい」という息子と、学校には行ってほしいと思うわたしの折衷案はマラソンの見学しかなかった。そのため、なるべく自然で「仕方ないよね」といわれる理由づけが必要だったのだ。

しかし、親として、率先して嘘をつかせるわけにはいかない。接種した土曜日の夜から「腕はまだ痛くなってない?」とたずねては、腕が痛くなる可能性があることを刷り込んだ。

そして、日曜日、息子から「なんか腕が痛い」の言葉が出てきた。しかし、押さえているのは、右の肩。キミが接種したの左だっ!!

「接種した場所に痛みが残っているなら無理に走らなくてもいいよ」とていねいに伝え直した。ここでようやく、息子もピンときたようだ。

月曜日は予定通り走らずに歩いてやり過ごした息子。ひょっとしたら気持ちに変化があるかもしれないと「とりあえず参加して、途中で苦しくなったらやめてもいいんだよ」と言ってみた。しかし、息子の答えは「不参加」だった。

不参加の選択肢を選びやすくしたのはわたしだけど、なんとなく後ろめたさがあったのだ。

けれど、息子に根付いていた恐怖心の方が上だった。息子は一度、新型コロナウイルスに感染し、自分が死ぬかもしれない恐怖を感じた経験がある。さらに、ワクチン接種後の過度な運動で亡くなった人の話も知っている。走るのも嫌だったけれど、ワクチン接種のタイミングが重なり、怖さが加わっていたのだ。

そう合点がいったとき、無理に走らせなくて良かったと思った。中学生になれば、体育の授業として持久走をしないといけなくなる。当然、評価の対象だ。簡単には休めない。後のことを気にせず休めるのはこれが最後のチャンスだった。ずっと逃げ続ける子にしたいわけではない。ただ、泣くほど嫌がっていることを無理にさせたくなかったのだ。

マラソン大会の日、帰宅した息子の顔は明るかった。見学でもジュースは配られる。見事に見学を勝ち取った息子にとっては勝利の味。とてもおいしかったらしい。

今回のことで、自分の意見を聞き入れてくれる人がいると伝わればそれでいい。放っておいても、甘えの通用しないときは来る。ならば、甘えられるうちくらい甘えさせてあげたかった。ダメな親なのはわかっている。

それにしても、今回の件とは別に、健康のためもう少し痩せさせなければいけない。冬休みは、毎日いっしょに散歩くらいしようかな。

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