創作エッセイ(34)続・リアルとリアリティ

作品内でのリアリティ演出、今回は色々な小技に関して。自作「不死の宴 第二部 北米編」を例にして説明してみる。

想像力全開で書く

 この「第二部 北米編」は「第一部 終戦編」から十一年後の1956年アメリカ合衆国のメリーランド州フレデリック市から始まりマサチューセッツ州ボストン市近郊のアイルズベリーという架空の街を舞台にして語られる。
 私は1958生まれなので生まれる前の物語だし、渡米経験もない。すべて想像力全開で書くしかあるまいと覚悟を決めた。それを少しでも助けるのが資料の読み込みである。
50年代(フィフティーズ)」とか「アメリカ合衆国の近現代史」関係の書籍は当然として、当時の北米の社会風俗人気の映画、小説、社会現象などを脳内でイメージが固定されるまで読み込んだ。当時制作された映画、当時を舞台にした映画なども観た。描写するためである。

資料から発想できたこと

 登場人物達が移動のために使う道路に関して調べたところ、この56年は旧来の国道に代わり州間高速道路(インターステート)の計画が進行中で、随所に建設中の高速道路があったとのこと。まだ無人の高速道路というと映画「スピード」などが脳裏に浮かぶ。クライマックスのアクションシーンに使えるかもと思った。
 実際に執筆して、最後のアクションシークエンスはこれを舞台にして「マッドマックス2」っぽいことやった。実に楽しかった。
 事前の調査、軽視出来ない。

キングに習って小道具などにもこだわる

 モダン・ホラーの帝王スティーブン・キングは作中に実際にあるモノを出してリアリティ演出をする走りのような作家だった。今、まさに殺されようとする被害者が、読者のよく知っているコカコーラやドクターペッパーを飲んでいたりするだけで、恐怖が肌で感じられたりする。
 北米編はキングをはじめとする翻訳エンタメ小説も意識していたので、しっかり真似させていただいた。

例)1
 車の緊急避難エリアを通り過ぎたところの大きなL字カーブだった。
 地面から、トラックぐらいの大きな看板が立ち上がっている。コカコーラのロゴの横に地球、その前で誇らしげにコーラのボトルを握る手が描かれ「地球で最も親しまれているドリンク」と書かれていた。
 ※実際に当時のコカコーラの看板がこれ

例)2
 市の中心部ミッドタウンの一角にあるリトルセイラムはアイルズベリーの歓楽街だ。歓楽街といっても数軒の酒場、レストランチェーンのハワード・ジョンソン、ボウリング場、映画館が集まっているささやかなものだ。
 それでも土曜日の夜だけあって、ティーンエージャーたちの姿も多い。比較的裕福な家の子供達は仲間同士で自動車に乗り、一本しかないメインストリートを往復して、女の子と知り合い、ドライブインシアターに繰り出したりする。
 ※映画「アメリカン・グラフィティ」等のイメージを拝借。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」でマーティが戻る過去が1956年。参考にした。ハワード・ジョンソンというチェーンは今のファミレスみたいなもんかな。

例)3
 不動産屋は、悪印象を挽回しようとでもいうように玄関のポーチに立つと、
「ご覧くださいこの玄関を、今にもクラーク・ゲーブルとヴィヴィアン・リーが出てきそうじゃないですか!」と叫んだ。確かに「風と共に去りぬ」に出てきそうな館であった。
 ※このくだり、いかにも翻訳小説みたいじゃないですか!

例)4
「深夜にフレデリックのチャーチ通りを歩いていると、自分がベラ・ルゴシのドラキュラ伯爵になった気分になる」とマークが皮肉に笑った。
 ※フレデリック市の観光情報サイトを参照した際にチャーチ通りを知って「使える」と思った。ベラ・ルゴシは「魔人ドラキュラ」で主演した伝説の役者である。

時代色の演出

 1956年の北米感を出す細かな演出の例
例)1
 その店の前に赤いコンバーチブル・キャデラック・エルドラドが停まっていた。運転席にはポン引きのアルが座っている。ラジオから「ハートブレイク・ホテル」が流れている。
「今日、何回目のプレスリーだろう」と思いながら、それでもアルはラジオに合わせて口ずさんだ。
 メキシコとの国境にある大出力のラジオ放送XERFのAMで、事実上の海賊放送だが全米にリスナーがいた。
 ※当時「ハート~」が流行っているということを、地の文の説明ではなくポン引きの心情で描いた

例)2
「先日のワールドコンには行かなかったのかい」とリチャードが聞いた。ワールドコンは戦争による中断を挟みつつ三十九年から続いている全米のSFファンの集いである。
「仕事が忙しくて遠慮したよ。でも前からSFは注目している。ただ俺の映画はドライブインシアター用のゲテモノだから、作家やファンからはSFのイメージダウンの元凶みたいに思われてるんじゃないかなあ」とロジャーが自嘲気味に笑った。
「そうでもないぜ。真正面からSFを作るってだけで十代のファンは喜んでいる。大手はSFには消極的だからな」
 ※新進SF作家リチャード・マシスンと映画制作者ロジャー・コーマンの会話。狂言回しとして作中に登場させた。マシスンの脚本をコーマンは映画にしているが、二人が酒を酌み交わす仲かどうかは知らない。ここは作者の創作である。
 この著名人を登場させる技は、「帝都物語」からいただきました。さらに50年代のアメリカSF(ハインラインとかね)に対するリスペクトも込めている。

書き終えた後

 生まれる前の行ったこともない国を舞台にして440枚見当の長編を書き終えて、
「俺、もう何でも書けそう」という気持ちになった。自信が付いたのだ。
 とはいえ、本当の米国人が読んだら、色々おかしなところはあるだろうなとは思う。
 日本を舞台にしたアメリカのSFとか読んだときのような感じを持たれるのだろうか。
 まあ、それもいいか。長編を書き終えた達成感は格別なのだ。

 現在書いている「第三部 沖縄編」なんとか来年春までにリリースしたい。

(追記)
舞台となったアイルズベリーはラブクラフトの作品から、リトルセイラムという地名はキングのセイラムズロット(「呪われた街」)からいただいた。その他、敬愛する作品へのオマージュが随所にあります。探してみるのも面白いかもね。
引用元の作品はこちら。Kindle Unlimitedの方は無料。ダウンロードは500円です。
「不死の宴 第二部北米編」

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