理想の出産を手放して、私は少しオトナになった
妊娠出産を通していちばん変わったのは、理想とのつきあい方だと思う。
自分のカラダの声を聞いてつるっと産みたい。医療行為は最小限で、親しい人だけに見守られて、静かに小さな命を迎えたい。
そんな理想の出産を思い描いていた私が直面したのは、逆子という現実。逆子体操をしてみたり、お灸をしてみたり、赤子を説得してみたりするものの、回らないものは回らない。
さいわい、出産予定の産院は逆子でも通常分娩にトライできた。分娩台やだな…。和室で産めないかな…。そんなふうに「自然な」お産に執着しながらも、帝王切開にはならないだろうとなぜか思い込んでいた。
「うーん、これは帝王切開だね。もう産みましょう」そこへ突然、この宣告。その前日に「まだココロの準備が…」なんて人に話していた私は、いきなり腹をくくるなどということはできず。手術のための検査を受けている自分を、ぼんやりと眺めていた。
帰りの車の中でも、現実を受け止められないまま、出産までにあれをしなきゃ、これをしなきゃと焦る。とりあえず美容院を予約する。しかし、心の準備ってどうするんだ…。
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黒い染み
その晩、なんとか現実を受け止めようと、夫と何時間も話して、泣いて、話して、泣いた。そこへ彼がぽつりと言う。「でもさ、美しい絵って、黒い染みがあってもきれいなんだよね」
「大事なのは、完璧なストーリーを生きることじゃなくて、ぼくらのストーリーを生きるってことだよ。いまは僕も悲しいけど、これを何度も語り直していこう」
こんな感じのことを、とつぜん賢者のように語りだす夫。ふっと自分のなかの空気が変わって、いろんなことが納得できないままに納得できてしまった。
そして深夜、ふたりで腹をくくった。できないものはできない。ならば、できることを全部やりきろう。食べたいものを食べて、会いたい人に会って、行きたいところに行って、ギリギリまで遊び倒そう。
そうして私はすがすがしく帝王切開の朝を迎え、こどもは元気に産声をあげた。黒い染みとともに、私たちのストーリーが美しく始まった。
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ふりかえって
出産後も、理想が吹き飛ぶ機会は山ほどあった。今では、子育ては理想を手放すことから始まる、とすら思う。
妊娠出産や子育てには、自分の弱いところ、痛いところがわかりやすく出る。私の場合、それが理想への執着だった。
これからも、こどもの成長とともに、私は変わり続けるだろう。その大工事の基礎を作ってくれたのが、出産前のあの激震だった。今となっては、理想の出産ができなくて良かったと思う。
あの経験があったからこそ、わたしは理想を持つことと手放すことのバランスを知った。そして、あらゆることは学びの機会になるのだと心から思えるようになった。
娘よ、思い通りにならない経験をたくさんさせてくれて、ありがとう。
あなたのおかげで、わたしはほんの少し、オトナになれました。
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終わりに
最後まで読んでくださりありがとうございます。
産前産後は、とまどい、喜び、悲しみ、いろいろな想いが入り乱れる、濃厚でカオスな時間だと思います。その体験はとても私的でありながら、同時に普遍的でもある。これを多くの人で共有したら、きっと何かが生まれる…。そんな想いで、これからいろんな方にご自身の産前産後のことをお聞きしていこうと企画しています。
まずはその前に、私自身の体験をまとめてみることにしました。あらためて書いてみると、4年前とは感じ方が全然違っていて、それだけの時間を生きてきたのだなと実感します。
次回は赤子とのご対面について書きます。