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(短編ふう)「ヨブ記」と見習い悪魔

旧約聖書に記されたヨブの物語「ヨブ記」に悩む。

ヨブは非常に敬虔な人物で、家族や財産に恵まれていた。神を信じ、悪から遠ざかって生活していた。

ある時、神とサタンが会話する。
「ヨブがお前(神)を信じているのは、彼がお前に祝福され、何の困難も経験していないからだ。苦難に遭えば、今度はお前を呪うだろう。」
「そんなことはない。ヨブの信仰は本物だ。」
「ふん。では、試してみようか?」
「よかろう。」
「では。」
そう言って、サタンはヨブの子供たちを全員事故で奪う。

更には、ヨブは、全財産も略奪され、その上、全身にひどい皮膚病を患い、苦しむことになった。

そうしたヨブの様子を見た妻や友人たちが言う。
「いつまで神さまなんて敬っているの?こんなにまでされて?神さまなんていないのよ!」
と妻が叫び、ヨブのもとを訪れた友人たちは、こう諭す。
「罪の報いかもしれないから、罪を悔いて謝罪のこころを持つのだ。そうすれば赦されるにちがいない。」等々。

なんで俺が?私が何かそんなに悪いことしたか?
神様なんていないのか?
病や災害などの不条理な不幸に見舞われた時、誰もが自問するにちがいない問いに、ヨブは自分を振り返りながら彼らに応える。

応えは、妻の悲痛な叫びにも、友人の救おうとする言葉にも揺るがない。
家族も財産も、健康も、もとより与えられたものを失っただけ。罰でもなんでもない。自分はなんの罪も犯していない。謝罪することは何もない。
信仰を捨てることはない。

それでも疑問は残ってしまう。
どうして、こんな苦しみに遇わなければならないのか?この自分が?

嵐の中に神が現れ、ついにヨブは神に自分の苦しみの理由を問い正す。
「なぜ、自分は、このような不幸に見舞われればならないのか?」

実は、サタンと実験をしたのだ、とは言わない。

「お前は何も過ちを犯していない。同意しよう。なのに、お前は多くの不幸に見舞われた。その通りだ。しかし、理由を問うべきではない。それが宇宙の万物を統べる摂理なのだ。」

ヨブはこの時、悟り、こころの内から溢れでる信仰心で感涙する。

サタンは、実験の結果を認めざるを得なかった。

改めて神に祝福されたヨブは、財産も家族も、健康も取り戻した。

~~~

見習い悪魔は図書室の掃除当番だった。
人間であれば、10歳程度の少年に見える。

担当は児童書区画だ。
彼の背丈ほどの低い書棚の間を、数冊の本を抱えて巡っている。
返却された本を戻しているのだ。
図書室の利用率はあまり高くないので、床掃除は表面の埃をモップで拭きとれば終わりだし、返却作業も多くても30冊程度だ。
見習い悪魔は、胸に抱えた数冊のうち、一冊を棚に戻そうと、その他は左手で抱えた。右手で抜き取った一冊が「ヨブ記」だった。

興味を惹かれて、片手のまま、中に目を通した。
大きな活字で、たくさんの挿絵がある。
ただ、この本も見習い悪魔がずっと知りたいと思っている部分は、あっさりとしていた。
祖父が語ってくれた物語では、ヨブと友人(訪問者)との対話で、いろいろに感じることがあった。
何かを感じたのだが、意識しようとすると、それは輪郭を持たず、落ち着くところを知らなかった。

大自然の全ての息吹に神がある、という自然崇拝のような言葉があったかと思うと、自分の無知を悟るべし、というソクラテスのような言葉もあった。

結局、神との対話でヨブが何を悟ったのか、自分にはわからず、こころにひっかかっているのだ。

ヨブは何を悟って、神はなぜ再び祝福を与えたのか?

やっぱりわからない。

そう思って児童本「ヨブ記」を書棚に戻そうとして、無理な姿勢で左わきに抱えていた数冊を床に落としてしまった。

しまった、と屈んだ見習い悪魔に、落ちた拍子に開いた一冊の写真ページが目に入った。

澄んだ青空を背景に、ぽっかりと空洞が空いた黄土色の岩壁が写っていた。

空洞は人口的に彫られたもののようだ。

拾う手を伸ばしながら見習い悪魔は、その写真に強く惹きつけられた。

「バーミアン渓谷ですね。」

後から声がした。
司書のドロイドだ。
本を落とした音に気付いて、様子を確認しに来たらしい。

見習い悪魔の少年は、落とした本を拾い集めて、振り返った。

「そこの空洞には、かつて大仏が立っていました。50メートルもの高さがありました。」
そう言って、ドロイド司書は、手の平の上に空中ディスプレイを広げて見せた。
ディスプレイの中には、確かに空洞の中に無表情にも見える薄目の大仏が、畏れることはないですよ、と、招くような右手をして立っていた。法衣の襞が丁寧に、渓谷の風にそよぐように彫られている。
たくさんの人手が、何年もかけて完成させたに違いない。

ひとの信仰というものは、わからない…。
どういう情熱で、こんなものを作るのか?

「5世紀頃に造られました。わたしのデータベースにその画像はありませんが、完成当時は美しく彩色されていたそうです。」

「けれど、21世紀の初め、この地域を支配していたタリバン政権によって破壊されました。」
ドロイド司書は、画像をただの空洞が残る岩壁に替えた。

「……、風化して崩れたんじゃないの?」
「はい。人間の手で破壊されました。」
「人間が造ったのに?」
「偶像崇拝だ、として許さなかったのです。神を見えるかたちに表そうとすることは、全てを超越した神の本質を誤解することだからです。」

光沢のある床に、傾いた陽が窓のかたちに落ちている。

「もう時間です。あとは、わたしがやりましょう。」
抱えていた数冊をドロイドが抜き取って言うのを聞いて、見習い悪魔は、自分が呆然と固まっていたのに気づいた。

ほんとうに、わからない。。

―了―

わたしは聖書をしっかり読んだことも、その他宗教に関しての見識もありませんので、多分に誤解や曲解が混じっていると思います。どうぞご容赦ください。度重なる災害に見舞われる能登地方の様子や病院の待合室で会う多くの人たち、様々な介護の風景に遭い、なんとなく消化しきれない何かを感じ、それを探りながら書いてみている記事です。結局、今回も何を感じているのか、うまく言い表せません。また、チャレンジましす。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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