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1年間の掲載短歌

 この1年間に『喜怒哀”楽”の俳介護+』に掲載した短歌98首です。
短歌の右の★印をクリックすると、エッセイを添えた掲載ページを閲覧できます。時系列に並べたほうが分かりやすいかと思いましたが、むしろ掲載順のほうが私のこころの動きに添うと考えて、掲載順に並べてあります。


母に脱げと言へば着せたる父が脱ぐ朝の着替への遅々と進まず     
    

寄る辺なき思ひか母は寝るときにベツドの柵をしかと握れり      

乳離れの遅き子どものわれ世話になりし乳房をいまは拭きをり     

真夜中に母を支へてトイレまで万歩計には残らぬ歩数         

政治家のことばの樹には根はなくて花なく実なく葉さへあやふし     

父といふ樹の年輪の外側は病みゆく母に添ひし二十年         

字足らずそれでもいいさ字余りでも心の声と数が合うなら       

体温と血圧測り服着せて額(でこ)つけ合ふが母との儀式       

素粒子はわれを貫き止まぬなりその一粒に父のそ在りや        

酒飲めぬ母平然と酒飲める大晦日父降りてきたるか          

牛乳を野菜ジュースに替へたれば野菜ジュースのゆるき便出づ     

書くことで人にやさしくなれぬならわが詩はすべて我楽多である    

詩作とはことばの剪定かも知れずこゝろの奥のすこし明かりて     

亡き父の乗りし車をわれが継ぎそれぞれ付けしへこみが二つ      

幾千回杯を重ねし吾に父は「親子なれども友」と言ひけり       

介護用具レンタルすればその度に署名捺印書類の多き         

千年の大樹の夢がわれならば目覚めて木霊なにつぶやかむ       

母眠る低床ベツドの高さまで布団を重ね目線を合はす         

戯れず母を抱へて軽からず歩めずなどと泣いてをられず        

業平は母の世話せしことありやあらば千代もと詠みしものかは     

ピーラーで削りたるごとひらひらのわが日常は微風にも揺る      

痛しとて母訴ふる言の葉に紅く滲める淋しを撫づる          

息子だと言へば「今日は?」と母言へり昨日は何で明日は何者?    

眠りたる老母の頭そつと外し姉は湿布を肩に貼りをり         

庇護さるるべき子ども等が介護者となりたる国の少子化問題      

東北の震災の忌の巡りきていまだに遺骨なき人いたまし        

手もことば伝へたれどもわれの手のことば足らずを春の蚊が刺す    

四十雀も言葉をもつと証明がされても「鳥が歌ふ」は比喩か      

ことば交はすことなく逝きし父なれば語らはまほし春の夢みむ     

母ひとり喋り続けて止まぬとき母の電源スイッチもがな        

かなしみの風に攫はれゆくやうな春の日ありて布団干しをり      

枕元すこし上げたる介護ベツドを老母眠れば平にもどす        

介護する人はせつなし される人も なほさら愛しヤングケアラー   

介護諸子出ないうんこに比べれば出たうんこなどお茶の子さいさい   

母病みて家居となりて桜とは晴れなる花と思ひけるかな        

紙おむつに尿のたまるはいかなるかと われもおむつに尿をしてみる  

今日はぼくの誕生日だと母に言へば掛けてくれたことばは「おはよう」  

ケア終えて宿題せむとする子等もこの春灯のどこかにあるらむ     

さまざまの種類の椅子の増えゆける母の衰へ追ひかくるごと      

うれしきと書きかなしきと書くことに躊躇ひもなし母生ける間は    

はつなつの苺香れるわが家のくさかんむりは今も父なり        

蟻の目に映る世界は知るべくもなけれど母のそを知らるれば      

母うまく歩めるときはうら若き理学療法士も笑顔で帰る        

食べたとか便が出たとか笑つたとかサプライズなく喜ぶ暮らし     

人のほか老いを労る生き物を知らざるわれは人でありたし       

しつかりで形容できる事柄が減りゆく母よ しつかり老いて      

なめくじは伸びられるだけ伸びるのかそれとも手を抜くこともあるのか 

離れたる母介護する友もありをちこちわれらさういう世代       

精神と身体の芯が弱き日は中島みゆきの声にも疲れる         

わが母をフジコヘミングさんと比し何か変はらん宿命(さだめ)生くるに

池田小事件の日ごと歳一つとりたる母ととらぬ子ども等        

看る介(たす)く護ることなどこのわれに出来べうもなく母に添ひをり 

亡き父にかこつけて買う父の日の日頃は飲まぬ上等の酒        

生きらるる生きねばならぬ生かさるる長寿の国を老母と生くる     

うれしいとおいしいといふ二語のみに老母はわれを幸せにする     

もろこしを焼くごと右へ左へとおむつ替へんと母をころがす      

食べたかな? 疑問形で言ふ母よろし食べてをらぬと断定せずに    

乱暴に母転がしておむつ替ふ介護のプロになりたくなくて       

往診や訪問看護の日はなぜか老母の具合すこぶるよろし        

意思表示できぬ老母のあれこれを決むるに良きはAIかわれか     

結末は死と決まれども筋書は変はる余地ある介護の脚本        

日曜のおまけとなりし祝日の意味問ふこともなく過ごしをり      

中年の身にこたふれど吾の中の少年夏に心躍らす           

暮るるまで眠れる母が夕食をしつかり食べて今日は好日        

お互いのメールに記す小休止お互い母を介護しをれば         

万葉のころ朝顔と呼ばれたる桔梗はしかと朝の顔せる         

手の平を合はす行為は足し算の平足す平で答へは平和         

暁に吾を父と見て母言へり「いろいろしてくれてありがとう」     

信じらるるこころなからば母のごと介護さるるは難しと思ふ      

誰しもがその戦争に一ミリの加担なきやと己に問はば         

暁に目覚めて母が元気かと不意に問ひたる確かな声で         

忘るるは心亡ぶにあらざると吾をわすれたる母の手をとる       

夕焼の西の空なる片雲に母なき後のわれを思へる           

政治家が襲撃されし時にのみ強調さるる民主主義とは         

糸などはありやなしやと星となり瞬く人を見上げたりけり       

足痛し背中痒しと変はりゆき腹が減れるに愁訴終われり        

平らかといふ奇跡なる日を重ね老母とおくる普通なる日々       

三日月が寄り添ふごとく金星が輝くゆうべ母の許へ帰る        

あからさまに投票権が十八歳未満とならば誰か選ばる         

不戦まで平和のハードルを下げて平和誇れる国はさびしき       

この母の幸せはもう分からないだから笑顔の数増やしたい       

山脈を越えて訪はるる故郷を訪ふこと絶えて山脈見ゆる        

いつ召さるとも覚悟しをると言ひながら母の微熱にうろたふるわれ   

音高く伸びたる爪を切りにけり母を看取りしその日の夜に       

われのみの洗濯物を干してをり母を看取りて二日後の朝        

目覚めをるときにも増して眠りをる母の寝息にいのちの気配      

大蓮に見し亡き父のまぼろしは母の座をあけ座つてをりぬ       

遠からず死ぬ母なれどそが明日か十年先かわれ見られぬか       

母さんの子どもですよと母に言へばまだ子どもかと母は言ひたり    

和子つて誰が呼びしと母が訊くわれしかをらず誰が呼びしか      

うれしいと言つてくれた日かなしいと嘆かれた日の声まだ耳に     

歯磨きをしつつ思へる遠からぬいつもの朝母をらぬ朝         

母死なば妻子なきわれ独りにて何することも浮かばざりけり      

亡き父が義兄の夢に母を呼べど母は行かぬと答へたるとか       

高齢の母の介護をする身には未来とは明日一日のこと         

いつもより言語明瞭な母なればリハビリのとき「立ちません」といふ  

読みかけのカラマーゾフの兄弟を開いては閉づ母の呼ぶたび      

母に添ひ眠れば母の夢を見て離れて寝ても母の夢見き         





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