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#040 母暮ALS 美容院のこと

10月にカットに行って以来だったので髪が伸びてきてまとまりにくくなり、母は毎日とても気にしていた。「髪へんじゃない?」「髪といて」とよく言われる。私は自分の髪もほったらかしなのでそんなに髪型が気になる人がいるものかと女子力の違いに驚く。そもそも私が初めてのお産でこの世の痛みと思えない陣痛と戦っていたときにも陣痛室で母は付き添いながら私に「ねぇ髪へんじゃない?」と聞いてきて「今そんなことどうでもいい!」と私にキレられた人。そのように髪にこだわりのある人だから、もう3ヶ月も美容院に行ってないのがたまらないらしい。

けれども体調に波があるし、美容室の椅子に長く座っている自信がないというのでなかなか予約ができずに3ヶ月以上経ってしまった。こんなことは今までの母にはないことなのでとても悲しい様子。ALSになる前は2ヶ月ごとに美容院に行っていたらしい。カットとパーマ、ヘッドスパもついていたのでとても気に入った行きつけのサロンがあったという。毎回だいたい16000円だったらしい。高い、田舎は高い。私は渋谷の10年通っているサロンでだいたい8000円〜13000円の間。やはり美容に関しては都会は選択肢も多くて価格も安いと思う。
さて、上京してきた母には私が近所で良さそうなところを見つけてそこへ連れて行っていた。サロンの人も親切で上手だったので気に入って、同じ人を指名して何回か通っていたけれど、だんだん行くのが大変になってきてはいた。最初はカットとパーマだったけど、長時間サロンの椅子に座っている姿勢がしんどいのでパーマを諦めてカットのみになり、そしてさらに直近では、シャンプーの姿勢も辛くなってきて起き上がれないのでシャンプーなしのカットだけしてもらっていた。しかしここにきて、とうとう美容院に行くだけでも自信がなくなってしまった。その日の体調もあるし、お天気もあるしで、いろいろと心配や外出の条件が多くてそもそも予約するという予定を立てることが難しい。ケアマネさんには訪問サービスの美容師さんに来てもらったらどう?と言われたけれど、家でカットするのもなんだか大変だなと私が気乗りしなかった。

そこで近所で1000円カットを見つけて覗いてきたら、同じような杖をついた母親を連れてきている女性がいて、ここならいいかもとひらめいた。帰宅して母に話すと「1000円カットなんてちゃんとしたカットか心配、大丈夫かしら」と髪型にこだわりのある母はかなり不安そう。しかしこのまま野放しで整っていないのが我慢ならないようである日、積極的な声で「カット今日行くわ」と言った。そうと決まれば予約もいらないし、外出できると本人が言っている時にしなければならない。すぐに支度して速攻で母を車いすで連れ出した。

車いすで迷惑ではないかと恐る恐る店に入って行くと、スタッフのおじさんが私たちを見るなりすぐに鏡の前のチェアをさっとどかして「車いすのままどうぞ」と促してくれてすごく親切な雰囲気。車いすのまま鏡の前に移動してカットが可能なことを知って軽く感動した。サロンの椅子って固定だと固定観念があった。
それから母とスタッフのおじさんはやたらと話が弾んで楽しそう。私はそれを眺めながら「1000円カットに来てこんなにおしゃべりする人いるんだ……」と思いながら端っこの椅子で待っていた。他に会話をしているお客さんはいないから母たちの声だけが響いている。帰宅してから母も「話してるの私たちだけだったわね、東京の人はあんまりしゃべらないのね、大阪はみんなよくしゃべるから」と大阪出身の母は言った。確かに大阪の親戚と代官山のカフェでお茶したときに、親戚が隣の席の人に話しかけてびっくりしたことがある。下町ならまだしも代官山だったので一瞬「え?」と思った。東京の人も話しかけると意外と感じは良かったりはするけど。

結局その1000円カットのおじさんのカットが上手だったので母は気に入って、お喋りも楽しかったらしい。とてもご機嫌で帰宅した。確かにいい感じのおしゃれなショートカットにしてくれて、おじさんなのにうまいなぁと思ってしまった。何よりスピーディでいい。

気がかりな仕事がひとつ片付いて「よかった、よかった」とふたりで言い合った。こんなことでもあると「今日はいい一日だったね」といい気分になれる。


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