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おばあちゃんの黄金糖
おばあちゃんは、孫が家に遊びに来るたびにいろんなお菓子を用意して待っています。
育ち盛りの孫はお歳暮にいただいたゼリーだって、おじいちゃんの酒の肴のスルメだって、仏壇に備えられたラクガンだって、なんでも喜んで食べます。なんでも喜んで食べる孫を見て、おばあちゃんは喜びます。
おばあちゃんが孫のためにいつも欠かさず用意してくれるのが黄金糖です。
孫は飴玉の中でもべっこう飴、べっこう飴の中でも黄金糖という会社のべっこう飴が大好きです。
砂糖と水だけからつくられた黄金色に輝く台形の飴玉が、口の中で次第に細くなり、最後まで割れることなく舐め切れるかに挑戦するのが小さな楽しみです。
おばあちゃんの家を訪れた後の孫のズボンのポケットには毎回たくさんの黄金糖が入っています。
おばあちゃんの住む古びた平屋の使い込んだタンスの上にあるクッキーの空き缶には黄金糖がぎっしりと詰められています。孫が帰った後、おばあちゃんは欠かさず買い足していました。
黄金糖から帰ってきた一通のメール
孫の背丈が大きくなるにつれ、おばあちゃんの背中は曲がっていきました。
「おばあちゃん家に行っても暇だから」と孫がおばあちゃんの家を訪れる回数が減るにつれ、おばあちゃんが近所のスーパーに黄金糖を買いに行くこともなくなりました。
気づけば癌を患い、おばあちゃんは亡くなりました。
孫は亡くなったおばあちゃんのことを思い出すことがあります。それはスーパーやコンビニで黄金糖の袋を見かけた時です。孫は大人になった今でも黄金糖を買っては食べています。
孫は酒に酔った勢いである一通のメールを書きました。
宛先は株式会社黄金糖。おばあちゃんとの思い出を振り返りながら、黄金糖が自分にとって特別な飴だったことを伝えたくてキーボードを叩きました。
メールを送ったことすら忘れていた頃、一通の返事が返ってきました。
羽田知弘様
拝啓
平素は、弊社の黄金糖をご愛好いただきありがとうございます。
さて、このたびご丁寧なメールを賜り、厚くお礼申し上げます。
羽田様の思い出の中に弊社の黄金糖が残っていることは、私どもにとりまして、たいへんな誇りに存じます。
弊社は、大正12年創業で今年、創立90周年になります。創業以来、変わらぬ砂糖と水飴の配合で、現在も黄金糖を作り続けております。
かかるうえは、羽田様のご期待にそえますよう、これからも黄金糖の製造に全力で取り組む所存であります。
これからも末永いお引き立てを賜りますようお願い申し上げます。
敬具
大正12年から90年以上に渡り、材料や製法を変えることなく、一途に歴史を守り続ける黄金糖の姿勢を知り、孫はとても嬉しくなりました。
変わらないこと=退化ではない
歳を重ねるにつれて、おばあちゃんとの思い出は不鮮明になっていきます。
おばあちゃんの家や畑、大嫌いだったボットン便所の様子は今でも思い出すことができるのに、おばあちゃんの表情は仏壇に飾られた写真のものしか思い出すことができません。もはやどんな声だったのかも思い出せません。
黄金糖の味はずっと変わっていません。
20年以上前におばあちゃんの家で食べたもの、先日コンビニで買ったものの、50年後に孫がおばあちゃんの同じ年齢になった時に食べるものも同じ味がするはずです。
激しい世の中の流れの中で「変化しないことは退化だ」と言われることもあります。
黄金糖は創業から90年に渡って材料や製法を変えないことで同じ味を守り続けています。飴を作り続けてもうすぐ100年。
味を守り続けることで誰かの思い出であり続ける黄金糖の在り方は本当に素晴らしいなと孫は感じたのでした。固い意思を持って継続する姿勢はきっと退化なんかではありません。
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