短編小説『スパイスとアナタ』
スパイスとアナタ
このキッチンに立つのは何年振りだろう。
調理器具の在処も分からないし、冷蔵庫の食材も勝手に使っていいものか。悩んだ結果スーパーに向かうことにした。鍵をポケットに入れ「行ってくるよ」と呟いて玄関を出る。
車を走らせながらクーラーを入れるか窓を開けるかを悩みつつ。ガソリンメーターに目をやると半分を切っていた。帰りに入れなければならないなと考えていると、目的地に到着。
スーパー山城。新しくなり続けるシティとは裏腹に昔から変わらぬ姿を保ち続けている地元密着型。品揃えも豊富だけれど、いつも人が手薄な印象だ。
クミン、コリアンダー、チリペッパー、ターメリック、ニンニク、ジンジャー、ホールトマト、タマネギ、オリーブオイルをカゴに入れ、肉のコーナーに。鳥か牛かどちらかを吟味する。350グラム程の鳥ムネ肉にした。自分でも覚えているものだなと感心しつつレジへ向かう。現金がギリギリでヒヤヒヤした。帰りのガソリンは諦めよう。
帰宅して再びキッチンへ立つ。鍋もまな板も包丁すらどこに閉まってあるか分からない。車内のキッチンには埃を被った業務用の鍋や調理器具があるのはわかっている。熱い中取りに行くか、ここにあるものを探して拝借するか。後者を選んだ。探し終えた頃には随分と散らかった。
魚型の木のまな板の上で、タマネギ、ジンジャー、ニンニクをみじん切りにして、鶏肉は食べやすいサイズに。
熱した鍋にオリーブオイルを引いて、クミンを入れる。プチプチと音がなってくれば、ニンニクとジンジャーを入れて香りを立たせる。全体に火が通ればタマネギを投入。じっくり、じっくり、かき混ぜずに飴色になるまで焼いていく。ここで焦ってはいけない。黒く焦げがつくくらいでいい。柔らかくなれば、ホールトマトを投入。水分を飛ばしていく。この間に、スパイス達を調合だ。私はこの作業が好きだ。その時に気がついた「計り」が車の中だ。
灼熱の中、車の二台を開ける。スパイスの香りが広がった。あの頃のままのキッチン。水も火もでない。一刻も早くここをでたいのに少し動けなかった。計りは段ボールの中のはずだ。多いなとため息をついて、一つづつ荷解きしていくが一向に見つからない。汗が滝の用に出てくる。数分もしないうちに熱中症になりかけた。水を飲みに一度家に戻ろう。
キッチンの水道水をそのまま飲んでいるときに目についた。
「あれ?」
計りが机の上に出ていた。なんだよとホッとして再び調理に戻る。
コリアンダー、ターメリック、チリペッパーをそれぞれ正確に測る。先程の鍋に入れて火にかける。スパイスの香りを嗅いで鶏肉を焼いていく。その後に水を入れてコトコト煮る。30分程弱火で煮ていく。
机の上に溜まった資料を仕分ける。キッチンカーを売ってしまうのは仕方がないけれどやっぱり勿体無いと感じる。私宛の手紙なんて無いしあるのは督促状くらい。目を通していると、
「なに、また作ってるの」
気怠げな声が聞こえてきた。目も合わせずに椅子に座る彼女を見て、しゃべる言葉を探してみたけれど、どうしようもなく鍋をかき混ぜる。味見をしても、もう自分では味がしない。
「どうかな?」
小皿に救って渡してみるが、彼女は受け取らない。
「食べなくてもわかるよ。同じ味だもん」
彼女は計りを指した。
「あ、出してくれてたんだ、ありがとう」
「ずっと同じもいいけどさ、ずっと同じだと飽きちゃうよ」
彼女はひょいと立って、醤油と砂糖を鍋に適当に入れた。
「ほら」
小皿に盛られて啜ってみる。
「おいしい」
「よかったんじゃない?これからは気楽に計らず作りなよ」
ぶっきらぼうだけど彼女の言葉は、まろやかな甘味とコクのある懐かしい味が広がった。
「で、ご飯は?」
「あ、」
炊き上がりまでの50分。コトコト煮込もう。
文章
前田隆成
あとがき
スパイスカレーを作って振る舞った。そしてカレーをキッチンカーで売って旅ができたらいいなーって思った。免許も衛生管理者の資格も持ってないけれど、やってみたいな〜って思った。勉強して、少しづつ形になればいいかな。
緊急事態宣言も5月31日まで伸びましたね。
おうち時間でできることを増やしていこう。
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