「休職日記:1日目」
仕事に行かなくてよくなった朝、起きなくてもいいのに、すっかり日常過ぎて忘れていた携帯のアラームによって起こされてしまった。
シューマンの幻想小曲集第1曲、ハ短調。初めて聴いたときは素敵な曲だと思ったが、今や、朝起こされ過ぎて、純粋な気持ちでは聴けなくなってしまった。
当然起きる気なんて無いので、二度寝を決め込んだが、ちゃっかりアラームの設定を外すことも忘れない。
次に目が覚めたとき、世間は既に昼過ぎだった。
それでも起きる気が起きなくて、そのままごろごろしつつ、日課の漫画アプリのチェックを行う。漫画はアプリでも読むけど、電子書籍を買うほどじゃない、紙媒体派だ。そのまま、何をするでもなく時間をつぶす。
おやつを過ぎた頃、いい加減携帯の画面を見つめているのも飽きてきたので、のそのそと台所へ食べ物をあさりに行った。
残りご飯にふりかけと納豆、焼き芋、おせんべい。何か作る元気なんて無いし、栄養バランスなんて考える気もない。恋人も居ないし、なんなら居ても体形を気にするなんてクソくらえ。
「ハウルの動く城」では、片付いていないテーブルで何とかスペースを作って食事するのは、最早名シーンの1つかもしれないが、葉子の家ではそうではないし、そうするつもりもない。
あれは、卵の殻をむしゃむしゃ食べるおしゃべりな火の悪魔や、イケメンで声も素敵でベーコンエッグ作りでさえ芸術にしてしまう城主が居てこそ、絵になる光景だ。庶民の葉子は、ベーコンエッグは片付いたキッチンで作りたい。
というわけで、お腹が膨れたら、手始めに、ずっと9月のままだった卓上カレンダーを、10月に更新することにした。
不思議なもので、人間は、一つ何かをし始めると、動き出した水車のように、小さな水の流れで勝手に回り始めるらしい。
シュレッドもリサイクルもされずに放置された紙の束。読みかけで本棚に戻されず、積みあがった本。散乱したパッケージフードのごみ。
ただ機械的にものを動かしているだけなのに、今まで「めんどくさい」という理由だけで捨てられずにいたゴミたちを送り出すことによって、机の上は、いとも簡単に見られるようになるまで成長した。
そのままの勢いで、衣替えもスタートさせる。最近、夜などはめっきり寒くなった。冬物を買い足さなくてはと思っていたところ、目を付けていたブラウスのセールが今日までだったことを思い出し、ぽちりと注文する。こういう時、現代の買い物技術は便利だと感じるが、やっぱり送料は惜しくて、店舗受け取りにした。往復600円で、何のための節約かわからなくなるが、まぁ、他に用事もあるし、と自分に言い聞かせる。
先程、「人間は勝手に回り始める」とは言ったが、ふと気を抜くと、何をしていいんだかわからなくなる、空白の沈黙が存在することに気付く。世界は廻っているのに、自分の時間だけが止まってしまったかのような、そんな錯覚に陥る。でも、その瞬間、思考だけは確かに動いていて、その時生まれた思考は、その時その時に掴み取らないと、いとも簡単に手をすり抜けて、時に流れに乗って消えてしまう。
あー、腕時計直さなきゃ。保証期間今月までなんだよね。
救急箱作りたいな。
マウスパッド欲しい。一人カラオケしたい。
あ、携帯の充電も、最近なんだかおかしいんだよなぁ……。どうしよう。
1か月は長いようでいて、短すぎる。
1日中、ぼんやりしていたい。
起きたいときに起きて、食べたいときに食べたいものを食べて。片づけたいときに片づけて、外に出たいときに外に出て。
朝起きて、今日何をしようかと考えられるのは、とても自由で幸せなことだと気付く。
仕事をしないで、好きなことだけしてお金を稼げるのなら、やっぱり一生仕事なんかしたくない。
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