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「食べなさい」という圧(「作りたい女と食べたい女」)

NHKドラマ「作りたい女と食べたい女」。
野本さんと春日さんのマンションに引っ越してきた南雲さん。野本さんは「今度、食事でも」と誘ってみるが、すげなく断られてしまう。あとから事情を聞いてみると、小学生のときのつらい経験で会食恐怖症になってしまったという。それが原因で人間関係がうまくいかなくなって会社を辞めたといこともあり、沈んだ様子。「飲み物だけでもいいんだよ」と野本さんたちに誘われたことで、食べなければいけない圧を感じることのない関係性もあると気づき、少しずつ二人に心を開きはじめる。

私にも同じような経験がある。
私は子どものころ、とにかく食べるのが遅く、家でも学校でも「早く食べなくちゃ」という強迫観念にとらわれていた。いまでもせかされることがなによりも嫌いで、そういう空気を感じるとじわじわイヤな汗をかいてしまう。なによりも、給食によい印象をもてていない。先生たちには「生徒たちにきちんと食べさせること」が求められているのだろうけれど、たとえば、「“パンは1枚だけなら持って帰っていいよ”と言ってくれてたらな」とか今でも思うことがある。

「作りたい~」の南雲さんは「一人だったり、家族となら食事ができる」と言っているけれど、家族との食事にも問題がないわけではなく、家族の「たくさん食べなさい」という圧を感じ、気まずい思いをしている。これもよくわかる。とかく親はたくさん食べさせたがる。きっと健康のことを考えて。
これは私の場合だけれど、「もっと食べなさい」というあとに「もっと太ったほうがかわいい」「そんながりがりだと子どもが産めない」という言葉がくっついてきた。なにもかも理屈としてはわかるんだけど、食べることが全然楽しくなく、食べなさいという圧に完全に負けていた。

食べることに対する圧を感じなくなったことも一人暮らしをはじめてよかったことの一つ。小学生のころから、高校を卒業したら家を出ると決めていた。比較的便利なところにある実家を出たことは、母親の機嫌を大きく損ねた。でも、必要なことだった。まさに春日さんと同じ。ここにいちゃいけないと思った。大げさに思う人もいるだろうけれど、「ここから自分を育て直すんだ」と思っていた。

一人暮らしをはじめてからも、なかなか自分のペースをつくれずに苦労した。当時はたびたび出動要請(?)がかかり、実家に行くと、親の機嫌をとるように食べたくないのに食べたり、「そんなに食べられない」と言って険悪な空気が流れたり。体調をくずしたり、精神的に不安定になったりもした。そのことだけが原因ではないけれど、実家から足が遠のいた。

「泊っていけば?」という母親を振り切って帰るとき、決まって「あんたっていっつもそうね」と言った。その声をいまでも思い出す。それは長く、何年も何十年も続いた。もう会わないと決めたいまも続いている。


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