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【福祉を読む】F・P・バイステック『ケースワークの原則』第1回

恋とは、慈悲慈悲。

こいとは、じひじひ。

発案者が誰かは知らないが、「バイステックの7原則」の覚え方として、こんなのがネット上に転がっていた。「は」以外は、それぞれ「個別化」「意図的な感情の表出」「統制された情緒的関与」「受容」「非審判的態度」「自己決定」「秘密保持」の頭文字を並べたものだ。百人一首の「むすめふさほせ」を思わせる。けっこう覚えやすいだけに、知ったのが社会福祉士国家試験の受験後だったのが残念だった。それにしても「恋とは慈悲」とは、なんともイミシンだ。

★★★

本書の刊行は1957年。歴史の浅いソーシャルワークの世界では、古典とされる一冊だ。バイステックは1912年にアメリカのイリノイ州に生まれ、ロヨラ大学を出てイエズス会司祭となった。神父である。したがって本書は、正面からキリスト教的価値観を打ち出してはいないものの、端々にバイステックの「神父としての目」が活きている。

最初に読んだのは社会福祉士試験に受かった後だったと思う。今から10年くらい前だ。何かに似ていると思ったら、本書で示されている「7原則」のうちのいくつかが、心理療法家カール・ロジャースの「クライエント中心療法」が掲げる「治療者の三条件」とシンクロしていた。「自己一致」「無条件の肯定的関心」「共感的理解」の3つである。ちなみに、ロジャースの『クライエント中心療法』は本書から6年早い1951年の刊行だが、本書には特にロジャースへの言及はない。

★★★

本書はソーシャルワーカーの基本書として礼賛されているが、一部に批判もある。中でも多いのは、やたら「7原則」を万能視し、広く適用しようとする人への批判である。この点については、じつはバイステック自身が、ハッキリと適用範囲を示している。「バイステックの7原則」は、クライエントとの援助関係を形成するための原則である、ということだ(大事なことなので太字にしておく)。

ちなみにバイステックによれば、援助関係とは「ケースワーカーとクライエントとのあいだで生まれる態度と情緒による力動的な相互作用」(p.17)とされている。ちょっと小難しい言い方だが、ポイントは「相互作用」というところだろう。お互いの「態度と情緒」によって、ワーカーとクライエントは相互に影響されるということだ。そして援助関係は、実際にソーシャルワーカーがクライエントを援助するにあたっての基盤である。著者は「援助関係は、ケースワークの魂(soul)である」とまで言い切っている。

援助関係の出発点は、ほとんどの場合、クライエントからソーシャルワーカーへのニードの表明だ(アウトリーチなどのケースもあるが、その場合もクライエントは潜在的なニードを抱えていることが前提とされる)。クライエントの表明するニードをソーシャルワーカーが適切に理解・反応し、その反応によってクライエントが気づきを得ることで、援助関係は形成される。これがバイステックが想定する援助関係の形成プロセスである(p.27)。

クライエントのニードは、当然ながらその人によって異なる。でも、どんなクライエントであっても、人間として共通して持っているであるニードは存在する(はずだ)。こうした共通ニードとして、著者は次の7項目を提示する。

①一人の個人として迎えられたい。
②感情を表現し解放したい。
③共感的な反応を得たい。
④価値ある人間として受け止められたい。
⑤一方的に非難されたくない。
⑥問題解決を自分で選択し、決定したい。
⑦自分の秘密をきちんと守りたい。

この7つ、どこかで見たことがあると思われたらしめたものだ。もうお分かりだろう。「バイステックの7原則」とは、こうしたクライエントの基本ニードのそれぞれに応えるためのものとして掲げられているのだ。実際に上の①~⑦に、7原則を対応させてみよう。

①一人の個人として迎えられたい → 個別化
②感情を表現し解放したい → 意図的な感情の表出
③共感的な反応を得たい → 統制された情緒的関与
④価値ある人間として受け止められたい → 受容
⑤一方的に非難されたくない → 非審判的態度
⑥問題解決を自分で選択し、決定したい → 自己決定
⑦自分の秘密をきちんと守りたい → 秘密保持

つまり「7原則」は、クライエントからのニードの投げかけを受けとめるための網であり、キャッチャーミットなのだ。このようにしてクライエントのニードに応えることによって、クライエントはソーシャルワーカーの「受け止め」に反応し、そこから援助関係が形成されていく、というのが、バイステックが描く援助関係の形成プロセス、というわけだ。

★★★

もちろん、コトはそんなに簡単ではない。援助関係の構築にはもっと微妙で複雑な要素が含まれており、当然ながら例外もたくさんある(だから「原則」なのだ)。でも、そうであってもここを出発点にしなければ、少なくともミクロレベルのソーシャルワークは始まらない。

では、肝心の「7原則」のそれぞれは、いったいどんな内容なのか。それについては「第2回」で触れてみたい。第1回にして、だいぶ長くなってしまったのでね。よければこの続きも数日後にアップするので、読んでください。今回の感想などもいただけるとありがたい。

では!

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