ほんとうに求めていることってなんだろう

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2019年5月1日令和元年に、発酵に関しての活動を発信していくinstagramの更新を始めました📷あと約1か月で令和元年は幕を閉じ、令和二年を迎えようとしています。

今年は平成から令和に変わり、二つの時代を生きた心地でした🌱


私にとって令和一年目は、振り返れば少しずつ自己を開示していく中で、今までの痛みに向き合い、許し、そして次に向かうことにエネルギーを注いでいった年でした。

その流れの中で、沢山の人に助けられ、応援をして下さる方に出会っていくようになりました🙇


今までの自分を振り返ったら、「なぜ私の人生にはこんなにも辛いことが起こるのだろうか」と悲劇のヒロインばりに悲観的に捉え(笑)、想い描くことさえせずに諦めていたと思います😟


最終的には自分で選択をして歩んできたものの、 “大切な人の固定観念を気にして生きがちである”ということに気がつきました。

自分の意思を尊重できずに、「悲しませないかな?」「否定されるのでは…」「理解されないだろうからいいや」と思い、決めつけ、段々と意思表示をしていかなくなりました😶

そしていつの間にか、“自分の本音が何なのか”にも気づけなくなるようになっていました。


そのため、いつの間にか自己肯定感は欠落し、“伝える”ということに壁を感じていました。

ですが、それら生きてきた背景の見方を変えるきっかけに、今年は何度も出会い、沢山助けられてきました🌾



発酵の活動をしている出会いの中で、生きてきた背景をお話しさせて頂く機会がありました。それに対して頂いた解釈は、とても新鮮で、そして学びになり、新たな視点から見えた背景を知ったことで、傷ついてきた或いは傷つけてきたことに対して、自分自身を許すと共に感謝の想いで溢れました💫


ある方は私にこんな解釈を下さいました。

「大切な人との今までの関係性は、“一体化”していたんだよ。それが精神の成長と共にそこから分離し、そして客観視するようになって、今まで見えなかったものが見えてきた。そしてこれからはまた、今までと愛情の視点が変わるよ。」と。

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この解釈を聞いたとき、大事な存在を大事にする方法を学ぶ為に、”健全な痛み”であり、必要な経緯だったのだと思えました。


私の発酵の活動を広げていく目的には、

「育ってきた環境関係なく、悩み事や夢を話せる場を作っていく」というのがあります。

これは当時の私が本当は欲しかった場所だったのだと思います🤔


あなたがどこの国で育ち、何を信仰し、どんな親の元で育ち、どんな人を好きになろうとも、それは一旦横に置いて、大豆と塩と米麹や糠を用いて、ゆらゆらと香りに身を委ね、むふふ、くふふ、わははと笑いながら、味噌やぬか床を一緒に仕込みましょう。🙋💓


その数か月後、数年後に仕込んだものを開けたなら、タイムカプセルの様にその時を思い出し、「おいしい🤤」や「しあわせ🤗」って頬を緩めるひとときのきっかけが訪れる。

その心の平穏を一人でも多くの人に届けたいです。

2019年12月14日1000-1130

@大井町きゅりあん
味噌仕込みはじめます。

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