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150. 最高のものを求めることが、すべての成功へのカギだ。〜サム・ウォルトン〜

みなさんこんにちは。


今回は、世界最大の小売業者であるウォルマートの創業者であるサム・ウォルトンさんの格言について紹介します。


サム・ウォルトンとは

1918年にオクラホマ州に生まれました。

家は決して余裕のある生活ではなく、「1ドルでも多く稼ぐために何でもした」(『私のウォルマート商法』p36)そうです。

子ども時代には朝早く起きて牛乳を搾って、放課後にはお客さんに配達をして家計のために一生懸命働いていました。

「1ドルを稼ぐのにどれほど苦労しなければならないかも、稼いだ時にはどれほど誇らしいかも学んでいた」

『私のウォルマート商法』. p36


「1ドルの価値が骨身に染みて分かっていた」からこそ、
高校、大学時代は、衣服や授業料、食費、デート代など全て自分で稼いでいたそうです。

そんなウォルトンさんを知る友人からは、こう言われていました。

「ウォルトンはどんな時でも楽天的だった。いつもとびきりの笑顔で、誰に対しても自分の友達のように振る舞っていた」

『アメリカン・ドリームの軌跡』. p342


大学卒業後、会社に1年半ほど勤務し、兵役につきます。

除隊後には小売業をやりたいと考え、
任務地で図書館に通い、小売業に関するあらゆる本を読み漁った他、
地元の百貨店に通って研究もしていたそうです。

1945年、兵役を終え、父から借りた2万ドルと自身の5千ドルで、
バラエティーストア「ベン・フランクリン」のフランチャイズ店を購入、
当時は繁盛していませんでしたが、
勤勉さと社交性、「誰からでも学べる」勉強熱心さで5年後には年商25万ドルにし、ベンフランクリンの中でトップにしました。

しかし、借地契約には契約更新の権利が含まれておらず、
地主に横取りされ、町を出ていくしかありませんでした。

「この時期は、私の実業家人生で最悪の時だった。すべてやるべきことはやったのに、町から追い出されるのだ。しかし私はいつも、トラブルとは自分に突き付けられた挑戦状だと考えており、この時もそう考えた」

『私のウォルマート商法』. p76)


店を売却した5万ドルと経営のノウハウを持って、ベントンビルという人口3000人の田舎町に移り、
1950年、ベン・フランクリンのフランチャイズ店を購入しました。

そして、15店舗まで経営し、米国最大の経営者になりましたが、
消費の高い家庭用雑貨を扱うバラエティストアに対し、
日用品まで広く扱い低価格を売りにしたディスカウントストアが生まれ始めました。

「他人に食われるぐらいなら自分で自分を食う」として、
「ウォルマートストア1号店」を建設します。

バラエティストアを次々出店し、借金にまみれる中、
1962年にはオープンし、大勢の買い物客が押し寄せました。

それまでにはなかった田舎町に出店すること、
仕入れに対して30%以内の価格にすること、
常に学び続けること、
を徹底し、亡くなる1992年には売上が500億ドルを超えていたそうです。

〔参考文献〕
なぜ、サム・ウォルトンは小売業“断トツ”王者「ウォルマート」を築けたのか(ビジネス+IT:企業立志伝)


最高のものを求めることが、すべての成功へのカギだ。

ウォルトンさんは、常に最高のものを求めていました。

それは自分の売上のためだけではなく、
仕入れに対して30%以上の上乗せはしない、
というところにも現れています。

それは、自分達がいい買い物をした時には、
お客さんにもいい買い物をしてもらうという信念があり、
この30%以上上乗せしないというのは徹底されていたそうです。


自分達の使命は価値を提供することだが、
品質やサービスだけでなくお客の支出も抑え、
ウォルマートが1ドルを節約すればお客の懐にも直接響く、
と1ドル単位で節約にもこだわっていました。

小さい頃から、1ドルの価値を体感から学んでいたからこそ、
この1ドル単位でお金を大事にする、
それは消費者が感じることに直結すると知っていたんだと思います。


そして、常に新しいことにも挑戦し続け、
節約を1ドル単位でしている傍ら、在庫管理のバーコードシステムや全米最大の衛星通信システムを完成させるなど、
最新のテクノロジーも導入しています。

このコンピュータの力がなければこれだけの業績も上げられなかったと専門家も言っているほどです。

それだけ、お客のために節約し、
かつ事業を伸ばすための先行投資にも本気で取り組んでいたからこそ、
全米最大の経営者になったのだと思います。


最後に

今回は、世界最大の小売業者であるウォルマートの創業者であるサム・ウォルトンさんの格言について紹介してきました。

常に消費者目線で考えることを辞めないだけでなく、
本当に求めている消費者がどこにいるのかを考え人口の少ない競合がいない地に出店し続けたり、
事業を拡大しより消費者に還元できるように最新のテクノロジーも取り入れるなど、
最大限できることをやってきたのだろうなと思います。

それは、小さい頃から1ドルをも重く感じてきた消費者の立場も分かりつつ、
自分にできることはもっとないかと探して学び続けているからだと思います。


僕もまだ28歳で人生全体で見るとまだまだひよっ子な年齢だと思います。

そんな中、自分にできることはこれだけ、
と的を絞らずに、本当にやりたいことは何か、
自分が本当になりたい自分はどんなか、
を考えながらそれを生きて行っても遅くないと思っています。

人間変わると決めた時から全てを変えられると思っています。


僕自身も過去決めた時に勉強や努力の仕方が変わったり、
周りの仲間でもこれ!と決めて、
やること、やらないことの優先順位を変えてきている人もいっぱい見ています。

そんな仲間達と肩を並べながら、最後には人生やりきったって思えるような努力を日々積み重ねていこうと思います。

最高のものを求めることが成功のカギ、
まさにだなと思います。


それではまたどこかで。

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