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【観劇記録】PARCO劇場開場50周年記念シリーズ『月とシネマ2023』

本記事は、あくまでも個人的な主観の雑記である。

『月とシネマ』は、渋谷PARCOが2016年に建て替えのために休館した後、リニューアルして開業した新生PARCO劇場のオープニング・シリーズとして、2021年4月から5月に公演予定であった。しかし、ギリギリまで稽古を重ねたもののコロナ禍の影響を受けて全公演中止となった作品だ。
2023年秋、約2年の時を経て、PARCO劇場開場50周年記念シリーズとして上演されることとなった、『月とシネマ2023』。
作・演出は2021年から変わらずG2。キャストは一部変わり、ストーリーも練り直され「大きくバージョン・アップすることになりました」とのこと。

主演は中井貴一だ。
中井氏は、2023年1月6日より公開された映画『嘘八百 なにわ夢の陣』の完成披露試写会で拝見したが、長身で体格もたくましく、ステージ映えする印象であった。
映画での芝居は、「ああ、役者とはこういうものだよな」としみじみと思うような、自然なのに所帯じみたり生活感が生々しくなり過ぎたりしない、台詞や作品をないがしろにせずエンターテインメントの色を鮮やかに引き立たせつつ違和感を抱かせないもので圧巻であった。
映画プロデューサー・並木憲次を演じる。

メディアでの注目度が最も高いと言えるキャストが、映画会社の宣伝部に勤める若手社員で映画マニアの小暮涼太を演じる、藤原丈一郎だ。
2021年11月にCDデビューしたアイドルグループ・なにわ男子の一員である。舞台出演経験はあるが、デビュー後の出演としては初となる。

その他のキャストに、中井氏演じる並木の元妻でフリーライターの高山万智子役に、永作博美。
舞台となる映画館「ムーン・シネマ」の映写技師の黒川庄三役に、たかお鷹。
著名な映画監督である榊哲哉役に、今井朋彦。
ムーン・シネマを手伝っており、まちづくり推進課の職員でもある朝倉瑞帆役に、清水くるみ。
街金の男、児玉正義役に、村杉蝉之介。
不動産屋の佐々木均役に、金子岳憲。
市役所職員で瑞帆の恋人である深野隆史役に、奥田一平。
市役所で深野の上司である村上英嘉役に、木下政治。
以上の面々が出演している。


余談だが、2021年に出演予定であった貫地谷しほりと矢作穂香は出演しない。
2年経っており当然スケジュールの都合や脚本との兼ね合いなど様々な要素があるのだろうが、個人的には続投とはならなかった役者に思いを馳せてしまう。彼女たちの姿も観たかったなと思う。


2023年11月18日。

新生PARCO劇場のテーマは、「人生が変わる瞬間に出逢おう。オールS席のプレミアムシアター。 」。
座席数は636席で、オールS席と謳うだけありどの位置からでも見やすく舞台までの距離も遠過ぎない。

M列より観劇した。
前方の列ではないが、中央通路が目の前となるため出入りしやすく圧迫感がない座席である。


中井氏演じる並木と、藤原氏演じる小暮がバルコニーで会話しているシーンから始まる。
「PARCO劇場、こんなにも視界が狭かっただろうか?」と思ったのだが、セットの演出であり、次のシーンでは視界が開ける。照明の明るさも相俟って安心感と陽気な気持ちが芽生えた。

映画館ムーン・シネマでの登場人物たちの台詞の掛け合いはテンポ良く進んでいく、と言いたいところなのだが、いまいち流れやリズムに乗り切れていないことが気になった。
ここぞという時の台詞で、タイミングや声色や強弱がズレたり物足りないことがとても勿体なかった。清水くるみ氏に特にそれを感じたのだが、彼女はとても声がよく、「ここぞ」というタイミング以外では台詞回しも滑らかなだけに、惜しいなという印象を抱いた。 

具体的に少し挙げる。
映画館の相続権の話で、中井氏演じる並木に「なんで貴女が?」と訊かれ、「ですよね、どうして私なんでしょう?」と返す台詞は声色を変えて観客の笑いを誘うような言い方をすればもっと活きるのに、と思ったし、
「その映画のプロデューサーを、並木さん、貴方にお願いしたいんです」と申し出る台詞をもっと声を張れば良くなるな、と思ったりした。

また、筆者が観劇した回だけがそうだったのか、中井氏は序盤に、永作氏は終始、いまいち掛け合いの台詞の流れに乗り切れていないなと感じる箇所があり歯痒く感じた。ミスしているというわけでは決してなく、本筋の芝居自体は問題ないのだが、テンポ感の話である。
初日であればわかるが東京公演折り返しなので、さらに回を重ねていけばもっと良くなるのか、この感じがこの舞台演劇の平常であるのか、どっちにしてもあと少しリズムやタイミングがハマれば最高なのにと思うと勿体なかった。もしかすると、中井氏と永作氏は芝居の相性があまり合わないのかなと思ったりした。

そのズレがなかったのが、金子岳憲氏。
彼の生の芝居は、2021年7月にPARCO劇場にて上演された舞台『リボルバー~誰が【ゴッホ】を撃ち抜いたんだ?~』以来であったが、その時も安定感があった。
たかお鷹氏も、さすがベテランと唸るような台詞回しとタイミングであった。

藤原丈一郎氏は、少し台詞が走り気味になることはあるが、噛んだり言い淀んだりすることはなく、声量もありよかった。
力が入りすぎている印象も多少はあるのだが、それが逆に、求められている彼自身の若さやカンパニーでのポジション、役としての情熱や勢いにマッチしており、“今の彼の芝居”として最適であるように感じた。塩梅の良い力の抜き方を年齢や経験とともに身につけるとさらに熟成しそうな役者だと思った。

冒頭のバルコニーのシーンでの、「なんでそんなことになっちゃってるんですか?!」や、
序盤のムーン・シネマでのシーンの、「一体榊監督と、何があったんです?!」など、転換のきっかけになる台詞も担っていたが、フレッシュな勢いのよさがはじけていた。

また、並木憲次の若かりし頃(チェッカーズ風)と、憲次の父親である憲一郎の若かりし頃(ヒッピースタイル)の風貌は、コントの衣装のようで作品にわかりやすい視覚的な面白さをもたらしていた。

藤原氏は、この『月とシネマ』において、その存在自体が若さの象徴なのだ。若さには希望がある。明日がある。そして振り返る者にとっては、もう戻らない輝かしく愛おしく切ない記憶でもある。

作中に、1973年のアメリカ映画『ペーパー・ムーン』が出てくる。ムーン・シネマのセットにも日本版のポスターが飾られている。
そのポスターには、下記のコピーが書かれている。

きのうへ忘れられた《心の宝石》を
ライアン・オニール父娘が
あなたに捧げる────
愛と涙と笑いの
心あたたまる名篇!

これは、いくばくか、この舞台にも重なる。
この《心の宝石》のシンボルが、藤原氏のように思えた。
そして彼自身も、この作品で自身が先へ先へと進む未来ある若きパワーの象徴であることを自覚しその責任を全うしようという意志があるように見えた。

きっと彼は数年以内に、ストレートプレイの舞台で単独主演をするだろうなと思う(現時点でそうなるべき実力があるという意味合いよりも、関係各位が挑戦させようと考えるだろう素養があるという意味で)。
是非ともコメディ作品以外での芝居もまた観たい。



役者とは別に、ストーリーや脚本といった作品自体については、多少ご都合主義というか、展開に無理矢理な点があり、その違和感や不自然さを感じさせなくする台詞の組み方や構成が成立しているわけでもないというのは正直あった。
“ハートフル・コメディ”としてひとつの作品を作り上げようという目的のために、過程のぎこちなさやリアリティのなさや登場人物たちの心境や状況の割り切れぬ問題を無視して、ハートフル・コメディの型にはめた、という感じなのだ。
冷静にそれぞれの登場人物の現状を考えると、「よかったね」と思える人は多くはないし、逆に過去への悔いが強まるのではと思える人物のほうが多い。憲次は先代の館長とは心が通わぬまま最期に会うこともなかったし、憲次と万智子は過去すれ違ったまま既に離婚という選択をしてしまっているのだし、瑞帆と隆史の婚約の話もなくなったし、ハッピーエンドとはいえないのではと感じるのだが、“心あたたまる物語”“ハートフル”“ハートウォーミング”という雰囲気だけをメディア側に押し出しているのが個人的には腑に落ちない。“人生はにがいものだけれど、悔いもあるけれど、こんな風な今もいいではないか”というテーマならばわかるのだけれどな、と思ったりする。2021年の『月とシネマ』のチラシには、“ちょっぴりビターで、芳醇な大人の物語”という文言があったので、“ビター”という表現は残してよかったのではないかなと。
とはいえこれは役者には関係のないことで、あくまでもPRしている作品のテーマと売り方に対して抱いた違和感の話である。

設定については思うところがあるものの、憲一郎が館長となる決意をする時の、憲次の母親の「これって、遺言ってことになるわけでしょ?…違うかな?」という台詞と、それを受けての「違わない」という返し。
そして、もう一人の母親の「貴方は今でも姉さんを愛してる、私じゃなく。…違うかな?」「あの子はここで育てるべき。…違うかな?」という台詞と、それを受けての「いや…、違わない」という返し。後者の話の流れ自体はひっかかるが、台詞を対比にしていたことは印象的であった。清水くるみ氏の声の良さと相俟って。

声といえば、やはり中井氏の声もとても良い。途中、台本を読み上げる場面では、たちまち朗読劇のような空気が会場を包み、彼の声の心地よさに目を閉じてその旋律に身を委ねたくなるほどだった。
デビューして約40年、今もなお主役としてドラマや映画や舞台で活躍をし続けている。しかし他を威圧するような意味での貫禄はなく、スマートで柔軟な品格を漂わせている。偉ぶらないし、立場や権力に固執していない。それが芝居からもわかる。いい俳優だなと思う。

とりとめなく記してきたが、本作は登場人物たちの“人生の選択”について、そのときどきの人との交わりやタイミングに思いを馳せながら、気負うことなく観ることができる作品だ。東京公演は当日券があり、12月には大阪公演もあるので、フラットな気持ちで足を運んでみてはどうだろうか。



■Information

『月とシネマ2023』

【東京公演】

公演日程
2023年11月6日(月) ~ 2023年11月28日(火)

会場
PARCO劇場

料金 (全席指定・税込)
11,000円

上演時間
約125分 (休憩なし)

当日券
公演当日朝9:30より電話予約受付
[当日券予約専用ダイヤル]0570-04-8966


【大阪公演】

公演日程
2023年12月3日(日) ~ 2023年12月10日(日)

会場
森ノ宮ピロティホール

料金 (全席指定・税込)
11,000円

問合せ先
キョードーインフォメーション 0570-200-888 (11:00~18:00※日祝休業)


【作・演出】
G2

【出演】
中井貴一 藤原丈一郎(なにわ男子) 永作博美
村杉蝉之介 清水くるみ 木下政治 金子岳憲 奥田一平
たかお鷹 今井朋彦

【公式HP】
https://stage.parco.jp/program/mooncinema2023/

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はすのうえ 暁光
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