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おまもり | saki
小さい頃、喉の違和感やくしゃみ・鼻水など風邪の引き始めには、母が湯のみに緑茶を注ぎ、梅干しをひとつかふたつ入れて潰したものを飲ませてくれた。
眠る時には白葱や日本酒を染み込ませた手拭いを首に巻いてくれた。薬のような即効性はないかもしれないが、母のぬくもりが心身に効いた。
当時、父は単身赴任で祖父母の家も遠く、母はわたしを含め二人の子の世話や家事を一人で熟す、ワンオペ育児をしていたので、病院に受診することの方が大変だったのだろう。家にあるもので簡単、手軽に応対できる暮らしの知恵だ。
この夏うん十年ぶりに発熱し、全身節々の痛みと倦怠感で丸々二日間、水以外何も受けつけなかった。けれども梅干しだけは食べることができた。
梅干しを口に含んだ瞬間、熱で渇いた口内が唾液でいっぱいになり炎症で腫れた口腔内に潤いと鎮静がもたらされた。熱で暑くなったり寒く感じたりと朦朧とする身体に、梅干しの酸味と塩分が口から全身に染み渡った。
それから味覚と嗅覚が、苦味と渋味しか感じられなくなった。日々の愉しみである"朝のお茶時間"は繊細な味を感じられなくなったので、暫くお茶を飲みたいとはならず、つまらなかった。
けれども、たとえ苦味と渋味しか感じられなくても、これまで疎遠だった珈琲が美味しく感じたり、好んで食べていたチョコレートが口に合わなくなったりと黒白パッキリしたものというより、単色にもグラデーションがあることを体感した。
体力が衰えると気力までも消沈し自信喪失しかけたが、こうして如何なる状況・状態も見方を変えて観察し面白がる自分自身に、勇気や元気が湧いた。
そして何より『HAKKOU』のメンバーみんなから
「感覚は必ず戻ります」
「肉体的・精神的変化の最中を一緒に立ち会えることに、わくわくする」
と力強い言葉を掛けてくれて、励まされ支えとなった。
暮らしは空気や水のように、あまりに当たり前にあるもので、人の数だけ呼吸のように流れやリズムがある。
なにげない日常は、空を見上げて浮かぶ雲を眺めるように ふわふわ としているけれど、ふと魅せた表情や仕草、とどめておきたい情景、あの人の声や言葉…。
心に触れ、響いたことは、何度でも自分自身を奮起させ、救う。
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