馴染む |saki
親の仕事の都合で転園・転校が多かった。引っ越しの度に机の引き出しやおもちゃ箱の中身を「この先も必要か、不要か。」と、子どもながら自分なりにつぶさに精査した。
小学校高学年頃越した学校はかつて籍を置いていた学校とは一転し、学習水準が高く習得スピードも速く、正直全くついていけなかった。
わからないところを両親に尋ねるにも、きょうだいのことで家の中がごった返して、わからないことを「わからない」と言う余白や合間が一ミリもなかった。人に頼るという概念がないまま大きくなり、当時は自分という存在を消すことで家に波風を立てないように、時がただ過ぎるのを待つことしかできなかった。
その代償といわんばかりに百貨店に入っている洋服をねだり、机の引き出しやおもちゃ箱のみならず、クローゼットの中身も一新された。
そんな暗黒時代の自分が好んで着ていたのは、黒い服だった。夏休みほぼ毎日出勤したプールのバイトで得た数十万円という大金は瞬く間に、デザイナーズブランドの服へと化した。
衣にとどまらず、ヘアメイクも小麦色の肌なのに色白になるため白や緑の下地で肌を覆い、癖毛なのに直毛ストレートの方が似合うようなボブにしたいとハチャメチャなオーダーでサロンの方を苦笑させてしまうこともあった。
もし漫画やアニメのキャラクターにいたら、仲は深めたくないけれど「今日はアイツ、何やらかすかな。」と、かつての必死な自分にどこか放っておけない、何故か氣に掛けてしまう独特の愛らしさを感じる。
どんなに外的なものを取り繕い守るための装備を自ら施しても満ちることなく脆く、心は空っぽのままで渇いた虚しさが埋まらない間を埋めた。
この時代のものは何かと便利なYシャツ一枚残し、後は全て手放した。
今、手元にあるものといえば肌触りや着心地のよいもの、心が"トクン"と弾むもの、暮らしに馴染むものだ。
糸を紡ぎ繕う人の手により繋がった御縁のある衣ばかりで、ある方が設えた衣を纏えば「空から降ってきたような出で立ちですね。」、「ほんとうに素敵で、初対面なのについお声がけしてしまいました!」と言って頂き、内側から引き出し、素質が引き立てられるのだと感じた。
纏うのは衣だけでなく、どんな人も、その人の生き方そのものが装いや仕草、佇まいに滲み出る。
人が生きてきた道、センスの現れそのものだ。
たとえアンバランスで愛着がスコッと抜けても、日々風通しよく、瞬間瞬間、今と自分が馴染んでいけばと思う。