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『Cloud クラウド』を見て -陰謀論・悪意・女・ドア-

黒沢清監督最新作『Cloud クラウド』が大変面白かったので、その感想をば。
以下、多少ネタバレを含むので鑑賞後にお読みくださるのが良いかと思います。


陰謀論に囚われた世界

なるほど確かに00年前後の黒沢清の作風だった。意図的にロケーションを引用している節もある。しかし、「あの世」に踏み込んでいくような諸作に対し、今作が連れていってくれるのは陰謀論の延長線のような世界に留まっているように思える。具体的には以下の通りだ。

物語後半、5chのようなネット掲示板を通じて、転売屋・ラーテル(菅田将暉)を殺そうと男らが集まるのはまだ良い。その後、当然のようにライフルや拳銃が用意される。まぁ、現代日本が舞台であるので、不自然ではある。しかし黒沢ファンなら、ここまでは織り込み済みの不自然さといえよう。
そして、たまたま居合わせた猟師が撃たれて、まぁ、冗談みたいな吹っ飛び方をする。これが一種の号砲となって、映画はより不自然な方へ転換していく。あり得そうだった物語から、どんどん逸脱していく

極め付けは奥平大兼の存在だ。初めは普通の若者に見えたが、何か裏のあることがだんだん明かされていく。で、菅田が拉致されるに至って、彼は駅のホームで松重豊と会う。このシーンがとても衝撃的なんだけど、松重は、なんか知らんけど菅田の位置情報が分かるタブレットを渡す。しかも遜った態度で。そして、なんかすごいデカい「組織」の存在を匂わせる。奥平は、そこの御曹司なのかなんなのか…。とにかく「上」の存在らしいが、しかし、これはちょっと不自然を超えて、アホらしいと言いたくもなってしまう。

そして、奥平は菅田の救出に向かい、信じられないくらいの銃の腕で拉致した男らを殺していく。やはり行き過ぎた不自然だ。さらには、全てが終わった後にも「後始末お願いします」と誰かに電話を入れて、再び「組織」を匂わせる…。当然これらは(黒沢)映画としての飛躍と受け取ってもいいのだけれど、それにしてはちょっと迫力がない。でも、それをあえてやっていると捉えてみる。すると、ひとつの考えが浮かぶ。これは、陰謀論のことを言っているのではないか、と。この世には得体の知れない超人あるいは組織があって、いろいろなことを隠蔽しつつ、世界を裏から操作している。この安直さは、そういった陰謀論的な思考と繋がっているものではないか。だからどこか安っぽいのだ。

一方で、ラストシーンの不気味な光景を見ていると、この奥平大兼はメフィストフェレスなのではないかという気もしてくるが、どうだろうか。(ライダーファンなので、悪魔と相乗りしちまったんだね…とも言いたくなる)

さて、脱線もしてしまったが、要するに、「この世ならざる場所」へと誘ってくれたかつての黒沢映画に比べて、今回の逸脱がスケールダウンしている感じは否めない。あの時あった凄みには、確かに及ばないと思う。ただ、それは黒沢清の腕が衰えたのではなく、むしろ現代が00年代よりスケールダウンしている、というふうに受け取れやしないか。

あの頃、インターネットには無限の可能性があった。『回路』を筆頭として、また黒沢映画に限らず、そういう空気があった。でも今は、せいぜい陰謀論程度の世界しか広がっていない。夢もロマンもなく、ただただ喧噪と疑念が渦巻くのみなのである。そういう風に、現代に対する批評として取ることができる。

悪意の表出

一方で、これはもっと表面的に、単に「拳銃でバンバン人を撃ち殺したい」という欲求の発露として受け取れもする。ムカつく奴は射殺してやりたい。そういう邪な快楽が漂っており、それもまた魅力である。

年齢不詳の女

あと、年齢不詳な古川琴音。以前『言えない秘密』を見た際に強く感じたのだけれど、彼女は何歳設定だろうと成立するんじゃないかという不思議な存在感がある。特殊メイク等もなく、60歳なら60歳と言い張れるような独特な空気感。

今回、実年齢と同じ20代後半には当然見えるんだけど、露出の多い部屋着で奥平大兼を誘惑する際の彼女は、40前半の欲求不満な奥方に見える。ゆえに、この映画で神出鬼没であるのにも、妙な説得力が生まれている。

編集点としてのドア

ドアの使い方も印象的。映画を見ていて、キャメラがドアをそのまま通過することはあまりない(それが起こる場合は、何か一線を超えているのだと思って良い。その人物は死んでいる等)。

つまり、ドアは編集点。カットを割るための装置として機能する。Aという部屋から、ドアを介してBという部屋にキャメラが移動するというのは、よく見る光景ではないか。その編集点を封じるということが、この映画ではとても巧く機能している。

菅田がコテージに居ると、キッチンにある勝手口のドアが閉まらない。鍵が壊れているらしく、何度もバンバン閉める。しかし、閉まらないので、内側から針金でぐるぐる巻きにして留める。顔を上げると、ドアのすりガラス越しに覆面姿がモヤッと動いてこちらを覗く。仰け反る菅田。すると、背後から荒川良々がもう既に侵入してきている。対話を試みるが、話は通じそうにないので、菅田は逃げようとする。が、勝手口のドアは当然針金でぐるぐる巻きなので、開かない。つまり、編集点を封じてしまったので、逃げ場がないということ。カットを割れないということ。そうこうしているうちに、別の出入口から覆面=岡山天音が、凶器を持って侵入してくる。素晴らしいサスペンスだ。


と、いうように、箇条書きのようになってはいるが、この映画がとにかく面白かったということが伝わると嬉しい。

ではまた。

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