オススメ映画「愛に乱暴」~一皮めくればこんなもの、ホラーだ~
なんてない日常シーンが延々描かれるものの、奇妙な緊張感が漂い不思議と観続けられる。なにしろ江口のりこ主演なのだから何か起きるだろうって期待感もあるものの、小さな違和感を忍ばせる監督の技量が冴えているから。義母とのやりとりも素っ気ないけれど、却ってフランクなやりとりで自然に映る。
愛に乱暴ってタイトルなんだから乱暴なシーンにいずれなるのだろうと思うけれど、表面平穏な秩序が続いてくれればそれでいいのに、とも思ってしまう。日本の家庭なんてこんなものでしょ、とも。しかし、予定通りに転調が起き、軋みが大きくなってゆく。徐々に桃子(江口のりこ)が壊れてゆく過程が本作の見どころ。
元上司も、義母も、一皮剥けばこんな本音がぽろぽろと、以前の温かい言葉の薄っぺらさにショックを受ける。そして夫(小泉孝太郎)が遂に切りだすものの、そんな端から受け入れられない程の衝撃を受ける。「私が何したってゆうの?」突然奈落に落され、自らの居場所を喪失しそうで混乱する。辛さがひしひしと観客に伝わってくる力強い描写が圧巻です。森ガキ侑大監督は私には初めてですが、結構キレッキレで恐ろしくもある。
圧巻は立派な先祖代々の写真が飾ってある日本間の床をチェーンソーでくりぬく所業の狂気にある。ちょっとよくある米国映画のように大胆で、やっと見つけたのが流産してしまった子に着せるべきベビー服ってのは、ホラー寸前です。夫の実家で新婚生活スタートしたのですから、床下にそんなもの埋められるはずもない。やがて桃子の結婚そのものが略奪に近いものだった過去が明かされる。
だから、本作は種明かしもしくは結果に重きをおくのではなく、極日常のほんの些細な違和感を見せる作品でしょう。その意味で夫婦の破綻が映画の冒頭から提示さらているのが惜しい。近隣との不穏、義母との他人行儀、猫の不在、とサスペンスを醸し出し、要の夫との接触があまりに少ないのが勿体ない。
よく物事を良い悪いで二分します、すなわち被害者と加害者の構図です。そうしないと物事が解決しないから、表面的に区分するわけで。本作の義母にとって母屋を結果的に嫁にとられるのですから被害者でしょうが、実は終始「子離れ」出来ない加害者でもあったわけで。無論、桃子とて加害者であり被害者であって最後にはま加害者に転ずる。すべての立ち居振る舞いが加害と被害を内包しいてることが恐ろしくも面白いってわけ。
さらりと江口のバストトップが鏡越しに見えますが、そんなの当たり前ですよね、土だらけになった体をシャワーで流すのですから。それ以上でもそれ以下でもない描写です。しかし、邦画ではなかなかお目にかかれないのも事実で、この前は確か「人間失格 太宰治と3人の女たち」2019年の二階堂ふみ以来か。拘るなと言っておきながら拘ってますが、邦画においてサラリと描写出来ない重苦しさが嫌ですねえ。夫役の小泉孝太郎もテレビタレントかしらのイメージを払拭する嫌な奴を演じてます。そしてまるで自家薬籠中のように面倒くさそうな物言いの風吹ジュンが当然に作品を締めております。