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絶対オススメ必見映画「TATAMI」~エキサイティングな映画なのにしっかりポリティカルなのが凄い~

 世界選手権の柔道女子の開催中のスタジアムの中だけで厳しい事態が進む、にも関わらずハラハラドキドキが止まらないエンターテインメントの良さを湛えつつも、イラン政治の理不尽をとことん突く傑作です。映画の持つ力を思い知る最良の作品です。

 何故モノクロなのかわかりませんが、ビスタサイズのやや狭いサイズで、まるでドキュメンタリーかと思うイントロです。特段実話ベースとも示されませんが、近似の現実の事件をモチーフにした創作とのこと。2019年、日本武道館での世界柔道選手権で実際に起こった事件を指すらしい。見慣れぬ出演者の中に「聖地には蜘蛛が巣を張る」の美人さんザーラ・アミールが女子柔道の監督役として出ていたから、すぐさま劇映画だと判明した。その前作同様にフィクションベースでもって現実のイラン体制を厳しく糾弾する。

左が柔道監督役兼本作の共同監督のザーラ・アミール

 ジョージアの首都トビリシで開催中の女子世界柔道選手権。イラン代表のレイラ・ホセイニと監督のマルヤム・ガンバリは、順調に勝ち進んでいくが、金メダルを目前に、政府から敵対国であるイスラエルとの対戦を避けるため、棄権を命じられる。これが総ての映画であり、それにどう対処するかが描かれる。

 ほとんど脅迫のレベルで、当事者の家族が拘束される事態。政治的思惑で体面優先の思考では、当事者が困窮するまで徹底した脅迫が政府によってなされる。その恐怖たるや、テヘランから遠く離れたジョージアの会場までも、大使館員を動員してあの手この手で主人公を追い詰める。そのやり口の陰湿なこと実におぞましい。

スタジアムで観客席を暗くすることで観客エキストラを省けました

 この人権侵害を受け大会を主催する国際柔道連盟が彼らの援護にまわる。オリンピック亡命も耳慣れた現実の通り事は進む。イランでは最高指導者が決めたことは絶対で、実質独裁と何ら変わらない。下僕達が忠実に理不尽な命令を実施させようと必死なのも、独裁国家ならではで、遂行しなければ自らの地位どころか命すら危ういから。国家なんて抗えばすぐさま国民を縛り上げるもので、民主主義なんて享受するものでもなく授かるものでもない。皆が戦わなければ維持できないものと改めて思い知る。

 このヒリヒリ感を柔道の試合の進行としながら、切り返しで描く巧みが本作の白眉。柔道ゆえ日本語由来の用語が実況中継に交じり、取り組みをする二人の選手の動作とをリンクさせ、念入りな編集がスリリングを盛り立てる。実際の試合ではなく、撮影用とは言えサスペンスの熟成も見事なものです。役者さんなのによくぞここまで取り組んだと驚きました。

 イラン代表が勝ち進むか、イスラエル代表がどこかで敗退するかによって国家が案ずる事態も変わってくる。にも関わらず、命令に背いた時点で反逆者の烙印おされ、母国に帰れば刑罰と家族離散しかない現実。当然に、決意を決めた監督ともども亡命の道を選択する。公開中の「聖なるイチジクの種」もイランの惨状を告発する西側サポートの下で制作された。

素敵かつ理解あるご主人との間に可愛い坊やがいますが、亡命のはめに

 なにしろフラッシュバックで描かれる、テヘランでの夫婦の生活は愛に満ち、秘密ディスコではヒジャブを脱ぎ捨て踊りまくり、妻の世界大会だからと親戚一同集まってのテレビ観戦では誰一人ヒジャブなんかしてなく、結構豊かなヘアスタイルを楽しんでいる。これを宗教警察が取り締まるなんて到底無理にしか思えない。

 難しければ、優れたテーマがあれば、高尚な意思があれば・・いい映画って言えるわけもなく。その上で時間芸術たる心理の持続性、すなわち見せる悦びを同時に満たしてこそ本物の映画なのです。思いもかけず秀作に出合え、こんな嬉しいことはありません。

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