超オススメ映画「あんのこと」~暗澹たる日本の現実を思い知る~
超怒涛の衝撃作です。2021年夏、東京五輪の開会式に合わせブルーインパルスが青い空に真っ白な五線を描く、その下で少女が自らの命を絶った。あの思い出したくもない不快なオリンピックのポスターを随所にさりげなくフレームに映り込ませ、本作の時代設定を示すと同時に、その表と裏をくっきりと本作は焼き付ける。
実際の出来事に基づく、と冒頭のテロップ。よもやよもやの展開に疑念の余地を一切与えず、まるでドキュメンタリー映画のように対象に張り付く。ちょいと邦画では珍しく、米国の社会派映画の荒々しさで深層に迫る作劇。だから例えば稲垣吾郎扮する週刊誌記者が河合優実扮する主人公・香川杏に名刺を差し出すも、名刺を画面にアップしない。例えば杏がお婆ちゃんにケーキを買ってきた時、おり悪く毒母が男を連れ込んで登場するシーン。身も心も少し安定した杏を象徴するショートケーキが、映画では必然のようにグチャグチャにされる描写、当然に崩れたケーキをアップでカットするべきを、敢えてしない。積み重ねる映画的描写を捨て、切り返しも最小限に、リアルを覗き見る手法。
だから観ていてとても辛いのです、刑事・多々羅役の佐藤二朗も、ТV「不適切」で一躍メジャーとなった河合優実も知ってはいるけれど、あまりにリアル。そんな中やっと登場のメジャーな稲垣吾郎を観ると、当たり前ですが本作は再現フィクションと言う免罪符を以って、少し落ち着いて観る事が出来る程。とは言え、後半押し付けられた幼児の登場するシーンに至っては、明らかに泣きじゃくる幼児をフレームに収めながら取っ組み合いの喧嘩なんて、もう胸がはち切れそうなのです。無論、最大限のケアの下での撮影でしょうけれど、逆に役者も大変とつくづく思います。
こんな義務教育すら満足に受けられていない子供達、7人に1人が貧困生活、給食以外に食べ物もない少年・少女が確かに現在の日本にいる現実。全く機能していない我が国の為政者の実態が、あの青空のジェットスモークだと言う事。悪事も悪評も何時の間にか霧散して消えてしまうとばかりに。
それでも一方では地道なボランティア精神にいそしむ人々がいることを本作は確かに伝えてくれる。薬物依存脱却のための施設、まるで米国映画でしか観る事の出来ない集団での発言シーンは素晴らしい。人手不足の介護の現場職員も、DV避難の住居提供も、頭が下がる思いです。しかし、よりによって薬物依存脱却施設での悪事が週刊誌記者によって暴露され、砂上の楼閣のように拠り所が崩壊してしまう悲劇。被害者がいる以上、暴露し成敗せざるを得ないでしょうし、全く同次元でコロナ禍での閉鎖も主人公を追い詰める結果を導いてしまった悲劇。
冒頭からの茶髪を多々羅の庇護の元、ショートにカットした主人公、殆ど中学生くらいにしか見えない主役・河合優実。絶望の苦痛の表情をアップでまるで切り取ってくれない作品ながら圧巻の演技です。ちょっと前までは杉咲花の独壇場の役でしたが、時は移り今は河合優実だと強烈に印象付けられる。佐藤二朗も殆ど主役扱いで、普段はコメディタッチが多い事が逆に活きる。ベテランでしたら内野聖陽がぴったしの役ですがね。稲垣吾郎にはラストの自殺に驚くシーン以外にさしたる見せ場なく、少々勿体ない。最大のヒール役である毒母に扮した河井青葉はよくぞ頑張った、昨日観た「かくしごと」にも出てらっしゃったのね。
無謀にも幼児を押し付けた女に警察が言う「後悔してませんか?」と。このセリフ1つで幼児のその後の容態が一挙にクローズアップされ、最後になってその傍らに元気な姿を確認出来ほっとする段取りはいいけれど。が、あんたが無謀な事をしなければ杏は生きていたはずと、手を繋ぐ親子の最終カットに心底腹立つのです。