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どうして医療事故は繰り返されるのか?― 人間の限界と組織の課題を超えて

医療の現場は命を預かる最前線であり、その一つ一つの判断が患者の未来を左右する。だが、医療事故という現実は、私たちが想像する以上に頻繁に発生している。最新のニュースとして、大阪府豊中市の市立豊中病院で発生した緊急入院患者の治療薬の処方漏れが注目を集めている。このケースでは、処方漏れが直接の死因ではないものの、「救命に影響を与えた可能性がある」として、再発防止のための取り組みが進められるという。
では、なぜ医療事故は繰り返されるのだろうか。最新の事例をもとに、この問題の根本に迫りつつ、どのようにこの連鎖を断ち切るべきかを考察する。


1. 医療事故の背後にある「人間の限界」

医療事故の根底には、まず「人間の限界」がある。医師も看護師もスーパーヒーローではなく、疲労や判断ミスを免れることはできない。豊中病院のケースでも、心不全という急性期疾患に対応する一方で、腎機能疾患という慢性疾患への対応が後回しになった。このような状況は、医療現場で頻繁に起きる「優先順位の錯誤」を浮き彫りにしている。

心理学的には、「認知的負荷」という概念がこれを説明する。人間が同時に処理できる情報量には限界があり、多忙な現場ではどうしても判断が漏れるリスクが高まる。特に緊急性の高い患者を扱う医療現場では、目の前の命を救うことに集中するあまり、全体のバランスが崩れてしまうことがある。


2. システムの問題:組織と手順の隙間

個人の能力や意識だけでなく、医療事故にはシステムの問題も深く関与している。例えば、今回のケースでは、患者の持病についての情報が医師間で共有されなかった可能性がある。このような情報共有の欠如は、組織の仕組みや手順に隙間があることを意味している。

ダナ・ファーバー事件より本格的に始まったハーバード大学の調査によれば、医療事故の多くは「システムエラー」に起因するとされている。情報の引き継ぎミス、不十分なチェック体制、複数の職種間での連携不足。これらの要因が重なることで、一つの判断ミスが命に関わる重大な結果を引き起こすのだ。


3. 「医療の過信」と「患者の無力感」

もう一つの視点として、医療事故が繰り返される背景には、医療の過信と患者の無力感がある。医療従事者が自分の判断に過信し、「自分の見落としはないだろう」と考えてしまう心理は、ヒューマンエラーの一因である。一方で、患者やその家族は、医療の専門性に圧倒され、「全てを医者に任せるしかない」と思い込むことが多い。

このギャップが、ミスの発見を遅らせる結果を招いている。医療の高度化が進む中で、患者自身が積極的に治療に関与する「患者参加型医療」が必要だという声が高まっている。


4. 医療事故を防ぐために私たちができること

医療事故を完全に防ぐことは難しいが、リスクを減らすための具体的な取り組みは存在する。

① チーム医療の強化

医療現場では、医師だけでなく看護師や薬剤師、事務スタッフなど多職種が関わる。これらの職種が情報を共有し、互いに補完し合う体制を整えることが必要だ。具体的には、定期的なカンファレンスの開催や、電子カルテの情報共有システムの改良が挙げられる。

② 患者自身の積極的な関与

患者や家族が医療に関する質問をし、処方や治療方針について確認することも、医療事故のリスクを減らす手助けになる。例えば、「自分が飲んでいる薬は引き続き必要ですか?」と尋ねるだけでも、処方漏れのようなミスを防ぐことができる。

③ 医療者の負担軽減

医療者が疲労によるミスを防ぐためには、働き方改革も欠かせない。シフトの見直しや、AIによる診療補助システムの導入など、労働環境の改善が求められる。

④ 現場の声を拾い上げる仕組み

医療従事者が抱える不安や、日常的に感じている改善点を気軽に報告できる仕組みが必要だ。「ヒヤリ・ハット」と呼ばれるインシデント報告を活用し、日常的なミスを大きな事故に繋げない仕組みを作ることが重要である。


5. 医療事故を超えて考える「命の重み」

最後に、医療事故が示しているのは、私たち一人ひとりの命の重さだ。医療者も患者も、完璧ではない。だが、その不完全さを補い合う努力をすることで、事故のリスクを最小限に抑えることはできる。

哲学者ハンス・ヨナスは「責任」という概念を強調した。「未来世代に対する責任」について語った彼の思想は、医療の現場にも通じる。今を生きる私たちは、次の世代により安全で、信頼できる医療を残していく責任がある。そのためには、システムの改良だけでなく、命に向き合う覚悟と、互いに支え合う文化を育むことが求められる。


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