【映画感想】彼らは生きていた(They shall not grow old)


映画サマリ

2018年、99分、NZ・UK、ピーター・ジャクソン
Rottentomatoでレビュー支持99%、須戸は8.72点
※以下は私がこの映画を視聴した2020年の観賞ノートから書き起こし

膨大なWW1の映像資料をイギリス兵士の視点で再構成した映画。ロードオブザリングで有名なピーター・ジャクソンが監督。最新の映像技術も駆使され見応え抜群。音声はBBCのインタビュー音源。スクリーンの大画面で見るべし。戦争の悲惨さ(特に塹壕戦)、そして兵士の社会復帰の受難が鋭く描かれている。

感想

見事な映画った。
以下、映画の進み方に合わせて内容と印象的だった点に触れて映画の感想をまとめる。

1.入隊

イギリスで街中の男たちが意気揚々と徴兵に志願する。19歳から入隊可だが15・6歳も偽って入隊してくる。軍も人員不足だからそれを受け入れる。社会で出兵を応援しており、反対するのは母親たちのみ。

男たちは街を行進する軍隊に憧れるあまり、見よう見まねで付いて行き入隊してしまう。この辺りは非常にコミカルに描かれている。これは後半に待つ塹壕戦のリアル、鉄条網・機関銃・地雷へ突撃をかける地獄が待つことを知っていると、単なるおかしみでは済まない。映画内の落差が良くできている。
この程度のノリで集まった若者たちが、重兵器で人体が粉々に吹き飛ぶ人類初の戦線に突撃をかけたというWW1の悲惨さを実に鋭く描き出していた。

2.訓練

入隊から1週間で「アレ?何か違うぞ?」と感じ始める。訓練は地味で厳しい。憎きドイツ兵に一騎当千で突撃するような練習はさせてもらえない。支給品は不十分で、軍服は一着のみ、靴はサイズがなく、ボタンはやたらに磨かされる。
そしてたった6週間の促成栽培でフランスへ送られ、ベルギーへ回され、塹壕戦へ入っていく。

訓練中の新兵たちはウキウキした新入生のようで、整列もままならない。基礎訓練のフル装備行進中もやたらにやけ顔のものが多い。まだ本当の地獄を知らない。これも先ほどのコミカルな演出の一種で、後半を対比で描くことに一役買っている。

3.戦場へ

塹壕での生活は不衛生で重労働。そして砲弾が雨のように降ってくる。時には後方の村で1週間の休憩ができた。ここでの仲間は親友となった。
野戦トイレなどまだコミカルな描写が続く。

4.塹壕戦

後方支援の重労働(届いた弾薬を並べる、線路構築と運搬)や相手の塹壕に出向いての戦闘などが行われる。当時の地雷が映るが、爆発でビル10階分くらいまで土が吹っ飛ぶ。すごい迫力。こんなところに何週間とどまるんだか。。。
"戦争における「人殺し」の心理学"という本に激戦の戦線に60日近く滞在するとたいていの兵士が発狂するという記載があったと記憶しているが、それに該当するんじゃないか。地雷爆発はそれくらいの威力がありそうだった。

5.突撃準備および戦車到着

この映画は全体的な戦況の説明はなく、一人の英兵士の視点でどんどん最前線へ進まされるのみ。そのため突如突撃の訓練をさせられ、突如戦車が現れる。またドイツ軍の兵力や戦術の紹介はなく、この先謎の新兵器と戦うんだという不気味さが付きまとう。

現に地雷が大爆発し、突撃した部隊は一部しか生きて帰ってこない。どんな目に合うのか考えたくもない。

6.突撃

この映画の白眉。WWⅠの戦闘の悲惨さ。
この突撃で600人部隊のうち500人が死ぬ。
もう兵士も浮かれていない。むしろその逆。
敵味方の砲弾が雨のように降り注ぐ中、独軍は英軍を十分ひきつけて機関銃で掃射するためものすごい数が死ぬ。鉄条網で前に進めない中機関銃で掃射され、目の前で仲間が吹っ飛んでいく。
この激戦は映像がないので(それでもどう撮ったんだかわからない激戦映像が映っていたが)、当時の記事の挿絵かインタビュー音声だった。

突撃をかける前、ポスターで採用された振り返る一人の兵士のシーンが映る。将校が「逃げ帰ったものは撃つ」といったというインタビューに合わせて。ここがこの映画の重心だろう。愛国心に煽られ、母親に止められ、憎きナチスをやっつけてやると目を輝かせて入隊した若者が、数か月後に覚悟と諦め、恐怖がごちゃ混ぜになった静かな目で、ほぼ生きて帰れない突撃を行う、それをやった者たちがいたというシーンだった。
現代は価値観多様化の末に「命を大事に」としか”大人”は言えなくなった。その真逆の突撃があってこそ現代が成り立っている。

7.安全地帯への帰還

英兵は「ドイツ兵は勇敢だった。仲間になってほしいくらいだった」と言い、捕虜を見て「あいつらも国に帰れば理容師や販売員だ。そして子ども思いだった」と語った。時計は奪っていたけども。

WWⅡのように敵兵を人間じゃないと刷り込むような、オペランド心理学的な操作はまだなかったようだ。

8.休戦及び兵士の社会復帰

1919年11月11日の11時に休戦した。兵士たちの中に社会復帰への不安がむくむくと頭をもたげる。
ある兵士が一社会人へ戻ろうとした際に、母親がかけた言葉はこうだった「兵士なんかやって。その間ずっと働いていた○○君はもう一人前よ」。

誰も知らないのである。WWⅠでは新兵器が一気に投入され、目の前の男が昔ながらの戦場とは全く別次元の地獄から生還したことを。
社会で復帰を待っていた者たちからしたら、愛国心に浮かれて戦場にかけていった愚か者に見えたのかもしれない。だが長い塹壕戦と決死の突撃で兵士は無邪気な若者から地獄を見てしまいケアが必要な生存者に変わり果ててしまった。

そんな彼らのセリフが最後に心をえぐった。
「同情されるというのは辛い。”同情しなくては”と考えるということ自体が理解していないということだから」。
これは泣きそうになった。ただ彼らの同時代人は戦場を共有した者じゃなければ、何があったのか想像もつかない。理解している者同士ならばケアに入るか、無力さから諦めるだろう。そうじゃない対応をしているということはそのすさまじさを理解できないということだ。

まとめ

スピルバーグがプライベートライアンで機関銃への突撃の恐ろしさを描き、戦場が娯楽映画のような痛快なものではなく、むしろ兵士が重兵器の前に無残に散っていく地獄だと示した。この「彼らは生きていた」はこの点だけを99分間描いている。”最近テキトーに生きてるな”と感じ、”じゃあどんな風なのが真剣なんだ?”と考えるとき、思い浮かぶモデルの一つが兵士だ。ただやはりこれは違う。この経験からしか得られないものは当然あるだろうが、破壊でしかない。そしてPTSDを負った大量の生還者を社会はうまく受け入れられない。労働力が極端に不足するうちは働いてくれればいいが、そのあとはどうだろう?DVの嵐じゃないのか?そして次世代へ暴力は連鎖する。
兵士個人も社会全体も地獄を内蔵しなければならなくなる。
兵士への尊厳は忘れてはならない。そして戦争も回避しなくてはならない。

見ごたえのある一本。


参考文献


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戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫) | デーヴ グロスマン, Grossman,Dave, 安原 和見 |本 | 通販 | Amazon

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