「夏の公園」揺川たまき〈短歌25首連作〉
入口にいつものコートがないせいで突然冬が終わってしまう
退職するひととしてきょうはお菓子とか紅茶をもらいニコニコしてみる
退勤のボタンを押すと機械からよろしいですかとやや責められて
終業のビルからふたり吐き出され目と目に分かち合うおなじ月
仕事から仕事終わりへ 前髪をわざと狂った風にあそばす
雑踏で押されてすこしふらつくと胸の小石がからころと鳴る
上澄みの夜を飲み込むわたしたちバイト終わりのラーメン屋にて
眼鏡のほうがすきだったなんて言えなくて無防備なその凹凸をみた
あなたの口とスープをつなぐ不思議としてれんげが宇宙のまんなかにある
歯や口を見せ合って食べているときの後ろめたさは性交に似て
あなたのため小虫までなら叫ばずにつぶせるナプキンも丸められる
前をゆくまっ白なシャツはためいて待ってよまだ風にはならないで
弾き語りできないわたしをあなただけがボロいベンチで笑ってくれた
夏になると蚊がすごいよこの公園と言われて胸にみちる夏の香
誰がわたしに教えたのだろう大きな手で手を包まれると溶けたくなると
くちづけをしたことはある雨音がからだに入りそうで怖かった
街灯と月がかさなるいくたびを飽くまでいっしょに数えませんか
卒業してもきっと会うけどそのときはたがいに古い盤面の駒
窓の鍵のつめたさが手から消えるまで隣でしゃべっていてほしかった
遠ざかるあなたをふっと浮かばせる光源として夜の吉野屋
飛び込もうとしているわけではない感じを出しつつ水面のビルに見入った
甘ったるいジャスミンの道をゆくうちにすべての過去は美化されはじめ
花ならばおしべとめしべを抱きしめて愛など外注せずにすむのに
桜色の寄せ書きいくつも受け取って気づけばひとりきりになっている
学生でも大人でもない三月のまひるま白木蓮よ、ふくらめ