(書評) 等身大の人形家族の喜怒哀楽を描く傑作---メニム一家の物語
旧刊を中心に色んな本を紹介しています。旧刊でもマイナーでも良い本は沢山あるので、そういう本に触れて頂くきっかけになればと思います。
★『ブロックルハースト・グローブの謎の屋敷 』『荒野のコーマス屋敷』『屋敷の中のとらわれびと』『北岸通りの骨董屋』『丘の上の牧師館』
シルヴィア・ウォー (講談社)
児童文学に詳しい方は別にして、この本を知っている方は少ないのでは? 私は偶然これを知り、読んでみたら面白くてハマり、シリーズ全冊を読んだ(図書館で借りた)。
児童文学といっても、いかにも子供向けではなく、中学校高学年位から大人まで楽しめる。
第一作『ブロックルハースト・グローブの謎の屋敷』は名誉あるガーディアン児童文学賞を受賞しており、好評に応えて次々に続編が書かれた。
日本でも、もっともっと多くの人に知られて良い佳作だと思う。
児童文学には、人形やぬいぐるみを主人公にした作品が数多く存在している。『ピノキオ』『くまのプーさん』等の古典をはじめ、大人も感動する作品が沢山あるが、それらの殆どは「通常サイズの人形」が主人公だ。大きめのテディベアでも1メートルないだろう。一般的に人形は、小さくて可愛いのが普通だ。
ところが、このシリーズに登場する「全員が布の人形」のメニム一家は、人間と等身大なのだ。彼らは老婦人が趣味で製作した人形だが、マネキン人形の布バージョンみたいな感じ。素人の製作なので作りはラフで、長男に至っては、全身真っ青という奇抜な姿だ。(長女のみ美形)
人形は基本的に子供の遊び道具なので、老人の人形はめったにない(人気も需要もないだろうし) しかしメニム一家には老夫婦も中年夫婦もいる。そういう意味では「可愛くない」と訳者も書いている。愛らしい小さなお人形の物語ではない所が斬新というか、面白さになっている。
彼らは意志を持ち、老婦人の死後はその家に「人間として」暮らしている。大人は夜警をしたり記事を書いたりニット作品を売ったりして稼いで、なんと光熱費も納めている!
彼らは動き、話し、人間のすることはほぼ出来る。女の子達はヒットソングを聴いたりオシャレを楽しむ、ごく普通のティーンエイジャーだ。この作品の発表時にはスマホがないけれど、今ならスマホを駆使して楽しんでいることだろう。
ただし、髪の毛が毛糸だったり目がボタンだったりするので、外出時は帽子やフード、サングラス等で変装し、用事は電話か手紙で済まして極力人間との接触を避け、人形であるのをバレないように細心の注意をして生活している。彼らは平凡で静かな生活をしたいだけで、見世物になりたくはない。
しかし、彼らの存在を怪しむ人間が出てきたり、住んでいる家から追い出されたり、様々な困難が襲ってくる。その度に彼らは知恵を絞り、時には衝突しながらも協力して乗り切っていく。
長男、長女、次女は難しい年頃で、長男は自分の殻に籠り、次女は反抗的で家族を困らせる。おとなしい父親と優しい母親は老親や子供達に気を揉んでいる。人間同様に家族間のトラブルもあり、いつも仲良し家族というわけではないが、一家には強い絆があり、家族愛も人間以上に強い。自分たちは異端の存在で、結束して生きていかないといけない宿命を知っているから。
第一作がガーディアン児童文学賞を受賞して反響が大きく、続編を望む声が多かったので最終作まで全5作が書かれた。私は最終作の終わり方に納得して、「最後までメニム一家は流石だわ」と感心した。
第1作の中古本はまだお求めやすい値段だが、2作め以降は高価なので図書館でどうぞ。